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薬物依存症―「つながり」を求めて孤立を深める病

打越さく良2019.01.07

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「シャブ山シャブ子」は「迫真」ではない
11月7日に放映された『相棒season17』第4話に一瞬だけ登場した「シャブ山シャブ子」。ベンチに座っていた刑事を、フラフラと近づいてきた女性がハンマーで撲殺。取り調べでは、「シャブ山シャブ子です!17歳です!」と奇声を発する。「シャブ山シャブ子」はツイッターのトレンド1位にもなったという。告白しよう、私も、「うわー、なにこの迫真の演技!」とYouTubeを見入ってしまった。恥ずかしい…。

あれは、覚せい剤依存症患者のリアルに迫った演技なのではなかった。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存症治療センターセンター長で精神科医の松本俊彦先生は「私は20年あまり薬物依存症の治療にかかわってきましたが、率直にいって、あんな覚せい剤依存症患者はいません。」という(「「シャブ山シャブ子」を信じてはいけない 「啓発運動」が差別を助長している」 )。「シャブ山シャブ子」は、むしろ、約30年前民放連が行った啓発キャンペーンのコピー、「覚せい剤やめますか、それとも人間やめますか」や、学校における薬物乱用防止教室などの啓発活動が描く、ゾンビのような薬物依存症者のイメージの反映なのではないかと。そして、強烈なイメージを放った「シャブ山シャブ子」は、今後女性薬物依存症者を揶揄する言葉になりはしないか。
かつてまだ刑事弁護をしていたころ担当した、覚せい剤使用で起訴された女性たちを痛みをもって思いだした。あんな刑事弁護ではいけなかった、と。

あの法廷は孤立感を深めさせた
 罪悪感に駆られながら、ちょうど手に入れたばかりの松本先生の『薬物依存症』(ちくま新書、2018年)を手に取り、一気に読んだ。
 アクリル板の向こうで、疲れ切った顔で、「もうしません」と言う。法廷でも「反省していますか。」ときけば、「はい」とうなだれて答える。そんな女性被告人に、検察官は呆れ顔で、「あなた反省した、もうしません、って、半年前も法廷で言ってましたよね」とたたみかける。法廷にしらっとした空気が流れる…。どうしたものか。一応ダルクにつなぐなど、ひととおりの弁護活動をしてはみた。しかし、「あーあ。なんでまた使ってしまったの。十分な反省をしてもらえなかった」という思いがよぎっていた。弁護人としてなんと至らなかったのだろう。そのことを本署を読みながら痛切に悟る。

 松本先生が刑務所の覚せい剤取締法の累犯者を前にしたプログラムの講師をした際のこと。「覚せい剤を止められずに、親分・アニキ的な立場の人からヤキを入れられた人」に挙手を促すと全員が挙手。「ヤキを入れられてどういう気分だったか」という問いに、気まずい沈黙のあと、一人が意を決したように「余計にクスリをやりたくなった」と口を開いた。すると、黙り込んでいた受刑者全員がいっせいに顔を上げ大きく肯いたのだという。自己嫌悪と恥辱感が、さらに覚せい剤に駆り立てる。自分自身が、自分に失望し、「とてもシラフじゃいられない」。また、シンナーから続々同級生が卒業していくのに、たった一人卒業できなかった著者の友人も、母親からはネグレクトされ、教師などからは叱責や体罰を繰り返されていた。賞賛や承認の体験を受けていない場合に、薬物に対する刺激に脆弱なのだ。薬物依存症は、孤立の病。そうか、あのシラッとした法廷も、彼女たちに自己嫌悪と恥辱感を抱かせ、孤立感を深めたはずだ…。

 この記述にうなだれるほかない。「罰の痛みでは、人を薬物依存症から回復させることはできません。」薬物依存症の人たちは、自身が抱えている心理的苦痛を緩和するために様々な中枢神経作用薬を使用し、その結果、乱用状態に陥る自己治療仮説というものがあるそうだ。思春期のころに自尊心が低かったりする者が多い。気分の落ち込みや死にたいという気持ちを緩和したりするために。なかには、DVをふるうパートナーとの辛い関係性に耐えるべく、脳を麻痺させているうちに依存症になったケースもあるという。自身の苦悩を緩和するための自己治療が、負の強化へ。

とすると、本著にあるように、芸能人が覚せい剤使用で捕まったことを受けて、知人や家族が本人の「だらしなさ」を責め、根性を叩き直してやる、と表明することがままある。しかし、上気のようにヤキを入れられたらますますクスリをやりたくなるのだ。それがまた彼ら彼女らの孤立を深めていってしまう。

根本的解決には何が必要か
 薬物問題の根本解決にはなにが必要なのか。厳罰化という声が上がりそうだが、果たしてそうか。刑務所には様々な限界がある。法務省は治療のプログラムを様々に準備している。しかし、刑務所のように絶対に薬物を使えない環境であるがゆえ、治療に切迫感がない。また、「薬物をやりたい」という思いを口に出来ない、いわば人を嘘吐きにするということも、回復を阻害する。気持ちを隠さないことが、薬物依存症からの回復には必要だというのに。また、社会での孤立が確実に深まるが、それは薬物再使用のリスクを高める。先進国では、「刑務所よりも地域で治療プログラムを」というのが一般的認識であるという。確かにそのほうが仕事も継続でき、大切な人との関係も分断されない。予算的にもメリットもある。

 規制強化も、限界がある。日本の薬物対策は、供給の低減に偏りすぎ、再乱用防止・回復支援など需要の低減がおざなりにされているのだ。また、啓発も、薬物に手を出していない人には効果があるかもしれないが、依存症に達している人には、「俺は太く短く生きる」と居直るなど、効果がない。大体、啓発しているひとよりも、覚せい剤については彼らが詳しい。そんなことより「止め方を教えて欲しいんだよ」とある患者が言ったという。そうなのだ。治療や回復支援こそ求められる。

 ではそれはなにか。ひとつには、自助グループである。薬物依存症は孤立の病とすれば、そこからの回復のプロセスにおいて、「仲間がいる」「居場所がある」という感覚が必要なのだ。また、新しい仲間が入ってくることで、喉元過ぎてしまった苦々しい記憶を蘇らせ、「忘れる病気」である薬物依存症から脱却を目指した初心を思い出せる場所でもある。

 そして、日本では薬物依存症の治療法が貧困であったが、「回復には強さはいらない。弱さは決して恥ずかしいことではない。」「強くなるより賢くなれ」という意気込みの著者らはワークブックを作成し、他の病院でも使えるプログラムを発表している。

 そして、「犯罪抑止」という理由から正当化されている「辱めと排除」では、薬物依存症からの回復を促さない、と松本先生は言う。それは、アメリカでニクソン大統領が1971年に開始した「薬物戦争」政策を学術的な検証によって明らかである。依存症が孤立の病であり、対義語はコネクション(人とつながりのある状態)であるという認識が広まっている欧米と、「ダメ。ゼッタイ。」的な啓蒙活動を続ける日本の違いたるや…。

 一生薬物に縁のない生活を送る生徒たちは、そんな啓蒙活動はもともと不要。既に自尊心が低く、自傷経験もある子どもたちにとっては、「だから何」と、意味がないのである。必要なのは、メンタルヘルス教育ではないか、という松本先生の主張も、依存症患者と多数出会ってきたご経験がベースにあるがゆえ、力強い。

 依存症に陥る人たちは、人に依存できず、物に依存する人たち。自立とは、人に全く依存しない孤立を意味するのではない。適度に人とつながり、依存することも必要なのだ。薬物依存症の当事者であり「ダルク女性ハウス」で当事者と向き合ってきた上岡陽江さんとソーシャルワーカーの大嶋栄子さんの『その後の不自由 「嵐」のあとを生きる人たち』(医学書院) を思い出した。理不尽な体験を生き延びるために依存症になった彼女たちが、生き延びた後も、支援者ら他者との距離感に困難を抱き続けることが、非常にリアルに記述されていた。「ニコイチ」というほど密接ではなく、「すごく寂しい」というほどではなく、「ちょっと寂しい」くらいがいいのだ、というくだりがあったはず。「ちょっと寂しい」。なんとわかりやすいのだろう。

治療の現場のみならず、刑事司法、更生保護に関わる人々etc.に広く読んでいただきたい一冊である。「覚せい剤やめますか、それとも人間やめますか」的な啓発活動をしたり、それを鵜呑みにして番組を作ってしまいかねないメディア関係者にも。

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打越さく良

打越さく良(うちこし・さくら)

弁護士・第二東京弁護士会所属・日弁連両性の平等委員会委員日弁連家事法制委員会委

得意分野は離婚、DV、親子など家族の問題、セクシュアルハラスメント、少年事件、子どもの虐待など、女性、子どもの人権にかかわる分野。DV等の被害を受け苦しんできた方たちの痛みに共感しつつ、前向きな一歩を踏み出せるようにお役に立ちたい!と熱い。
趣味は、読書、ヨガ、食べ歩き。嵐では櫻井君担当と言いながら、にのと大野くんもいいと悩み……今はにの担当とカミングアウト(笑)。

著書 「Q&A DV事件の実務 相談から保護命令・離婚事件まで」日本加除出版、「よくわかる民法改正―選択的夫婦別姓&婚外子差別撤廃を求めて」共著 朝陽会、「今こそ変えよう!家族法~婚外子差別・選択的夫婦別姓を考える」共著 日本加除出版

さかきばら法律事務所 http://sakakibara-law.com/index.html 
GALGender and Law(GAL) http://genderlaw.jp/index.html 
WAN(http://wan.or.jp/)で「離婚ガイド」連載中。

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