セクハラは「キャバクラならセーフ」?
福田前財務省事務次官がセクハラに関する財務省による事情聴取に「お恥ずかしい話だが、業務時間終了後、時には女性が接客をしているお店に行き、お店の女性と言葉遊びを楽しむようなことはある」「しかしながら、女性記者に対して、その相手が不快に感じるようなセクシャル・ハラスメントに該当する発言をしたという認識はない」と答えたと報じられた(2018年4月16日ハフポスト日本版編集部)。「女性が接客しているお店」がキャバクラとは断言されてはいないが、上記釈明に対し、「抱きしめていい?」「おっぱい触っていい?」「手しばっていい?」「キスしたいんですけど」etc.は、「キャバクラならセーフ」という意味ではないか、「キャバクラならセーフ説」でいいのかが問題となった。
セーフなわけがない
セクハラ、パワハラ、解雇や未払いは、不正である。キャバ嬢だろうとなかろうと、不正に対して我慢し続けることはない。その当然なことを声をあげていいにくい、キャバ嬢たちの苦境に、「義を見てせざるは勇なきなり」とキャバクラ・ユニオン(キャバユニ)が立ち上がっている。立ち上げからリードしている布施えり子さん自身、またキャバユニに駆け込んだキャバ嬢たちが経験した、キャバクラ業界の理不尽な労働環境、差別や偏見、そして、連帯感が救済につながりうることの希望が詰まった、『キャバ嬢なめんな。夜の世界・暴力とハラスメントの現場』(現代書館)をときに目頭を熱くしながら、一挙に読んだ。
キャバ嬢は労働者
本著は、「キャバ嬢はただの労働者である」ことを繰り返す。雇用されて、労働し、対価としてお金をもらっている、労働者なのだが、雇用者にもキャバ嬢にも、「キャバ嬢=労働者」の意識が希薄である。「労働者でない、夜の世界の水商売だ、だから昼の法律は関係ない!権利なんか主張するな!」となりがちなのだ。
未払い賃金を払ってほしいといえば、経営者は「それは昼職(昼の仕事の世界)のルールで、夜のルールとは違うだろ」という対応をする。「昼のルールに従ったら、店がつぶれる」。実際、キャバユニが労働争議に入ったことがきっかけで、つぶれた店は20軒以上だとか。しかし、女性を暴力や恐怖で支配し、搾取した店はつぶしたほうがいいのである、と布施さんはきっぱりしている。いい経営者には、いいキャバ嬢が集まる。キャバ嬢を商品としてしか見ない店長は、店も、キャバクラ業界もつぶしてく。だったら、そんな店はつぶしたほうがいい。正論だ。
「昼のルールと夜のルールは違う」と思い込んでいるのは、経営者ばかりではないらしい。なんと、労基署も「ここでは水商売の案件は扱っておりません」と門前払いをするところもあるという。差別的な言葉を吐く相談員もいる。それでも労基署しかないとキャバ嬢は勇気を振り絞っていっている。どうか、労基署の相談員がこの本を読んでくれるといい、と心から思う。警察もだ。いるだけで店側にプレッシャーになることもあるときもあるが、埼玉県警など、明らかにキャバユニを威圧するという(!)。
偏見はなくても、比較的少額のため、労働組合や弁護士も扱わない(扱う労働組合も若干増えてきたらしいが)。着手金と報酬を引いたらマイナスになってしまうのは、依頼者のためにならないから、確かに弁護士としては説明せざるを得ないところなのだが、胸が痛い…。
労働争議の実践
給料の未払いを争うには、どうしたらいいか。給与明細その他の書面を必ず保管する、もらったらすぐ確認し、妙な「罰金」などがないか確認して、何かあればすぐ店長に言う、などの具体的なコツも書いてある。団体交渉の申し入れから始まる争議の流れも詳細である上、申入書の文面まで掲載されている。実践的な書でありたい、必要な人に届いてほしい、という熱意に感じいる。
キャバユニは東京にあり、各地からくる相談全てに対処できるわけがない。全国にキャバ嬢が相談できる労働組合があるのが理想だが、まだまだ。というわけで、本著の懇切丁寧で実践的なアドバイスは役に立とう。
キャバ嬢の苛酷な労働環境
キャバ嬢は、経営者にとって使い捨てが当たり前の存在だ。時間的にも金銭的にも不安定で、昼職とのダブルワークやお酒の飲み過ぎ、深夜労働での睡眠障害などで、精神的にも身体的にも苛酷である。それなのに、なぜキャバ嬢になるのか。前職は介護や保育士、アパレル、美容師出身が多いと本著にある。どれも、長時間労働、低賃金。一人暮らしはぎりぎり。奨学金の返済もままならない。「女性が月に20万稼ぐのってホントに大変なんだな」と布施さんは慨嘆する。
キャバ嬢の時給のシステムも、個人売上に時給を連動させる「自己責任型」が多く、拘束時間とは連動しない。しかし、経営努力は本来店の責任であり、キャバ嬢に責任を負わせるのはおかしい。正論だ。しかし、キャバ嬢は、労働の成果を低く見積もらせるシステムを受け入れがちで、「自分が悪い」と我慢してしまう。残業代ゼロ法案をキャバクラ業界は「先取り」しているのではないか。
お客に叩かれて怪我をしても、「客を訴えたらクビにすっから」と言われることすらある。犯罪の被害を警察に申告したらクビ?法の支配は、昼だけではなく、夜も及んでなければならないのだが。
女たちの連帯で
待遇改善のためにキャバ嬢同士が一緒に何かをする、というのは、難しいという。同じ店でも、上がりの時間は統一されておらず、お給料等も違う。キャバ嬢たちのあいだで、時給の話をすることは禁止されているという。送迎まで店の男性従業員がする場合もある。女たちで店の不満を共有してほしくない、女たちには売り上げで競わせ、争わせたい、という思惑が明らかである。女たちの連帯は、店には脅威なのだ。
布施さんらによるキャバユニは、困難な状況でも、たとえばヘアメイクをする美容院等で名刺を配って、相談したいキャバ嬢たちとつながるようになった。
でも、ほとんど何も出来ないと謙虚である。自殺未遂を繰り返すような人に何かできるかといえば、できることはほとんどない。相談にのる、生活保護の申請に同行する。自己満足に過ぎないかもしれないが、話を聞いてもらえた、ということだけで、少し安心した表情をする。作戦を一緒に練っていくうちに、打って変わって元気になってもらえることがある、という。よくわかる。不安げな相談者に、手続の流れや必要な準備の説明をしただけで、元気になってもらえることは、本当によくある。人は、解決していなくても、解決の可能性があるとわかれば、元気になれるのだ。そして、闘い、解決に近づけば、より元気になっていける。
キャバ嬢が恐れているのは、親バレと、暴力、ヤクザ
やめますと言ったら、「家にいくぞ」と脅かされる、というのは、キャバ嬢自身、その仕事が恥だと思っているということだ。そして、昔の遊郭じゃあるまいし、足抜けしようとすると、せっかんされるなんてことはない、大丈夫だと言っても、相談者は信じない。ヤクザだってほとんど来ない。むしろ、ヤクザと話したらすぐ解決したことすらあるという。しかし、布施さんは、実態のない不安にとりつかれているキャバ嬢を批判しない。彼女たちが精神的に追い詰められていることがわかっているからだ。店側ときちんと協定書を交わすなどしていくことにより、安心を保障するのがいい。
男たちにこづかれてもマイクを離さない、労働争議での気合い
4㎏ものトラメを抱えて、歌舞伎町の目指す店の前へ。「○○の店長さんは、きちんとお給料を払ってください!」労働争議の現場の緊迫感が伝わる。デカい声のヤジ、怪我しない程度の突き回し。その上、マイクを離そうと手をつかまれる。読んでいるだけで足がすくみそうになる。
布施さんは、最後までマイクをはなさず、未払い賃料の支払いを求め続けて挨拶を終えたという。ただ者ではない。いや、キャバ嬢たちとの連帯感が、彼女を支えたのだろう。そして、彼女の挫けない頑張りが、キャバ嬢たちを奮起させ続けるだろう、と涙が出る。
キャバ嬢は労働者だ、と布施さんが強調するのは、そうすることで、法の支配のもとにあることを認識させようという努力だ。ところが、今やどの業界もキャバクラ化していないか。コンビニで病欠したアルバイトが罰金をとられたり、本人の努力次第で残業を減らせるようになるはずといったり。労働者の使い捨て、搾取は至るところにある。どうすればいいのか。奪われた尊厳を、闘いに乱し、自分の手で取り返す。
キャバユニで出会った女性たちの勇気とエネルギーの連鎖が苦しみと抑圧を打ち破る力になったことを本著で知れば、「労働のキャバクラ化」現象を前にしてもなお一縷の望みを残せる。連帯による不断の努力ってすごい、と思わせてくれる、希望の書だ。