バレンタインデー・ビフォー&アフターな今日この頃、皆様ご機嫌うるわしくお過ごしでしょうか。
さて、映画の舞台は100年前の英国、フェミニズム第一波の大波がどどんと社会を揺るがす真っ最中です。フェミニズムごときが社会を揺るがす、そんな事ここニッポンの地ではなかなか無い。いったい何がどうなっていたのでしょうか、興味津々です。しかし、表題からもポスターからもフェミニズムっぽい雰囲気はあまり伝わってきません。地味な服装の押し黙った女三人がこっち睨んでる。何となくちょっとシリアス。何ですか?しかもこのタイトル。花束?未来?何なのですか?
原題のサフラジェットとは、一向に進まない女性参政権の実現に業を煮やし、商店ウインドウや街角のメールポストや美術館の絵画を破壊するに及び、逮捕されればハンストを決行したという過激な女性運動家たちの呼び名です。穏健派の方々サフラジストと区別されていました。農民一揆とか打ち壊しとかを彷彿とさせます。それは権利のない人々の止むに止まれぬ最終抗議手段です。そしてとうとう、かのエミリー・デイビットソンが王家の競走馬めがけて飛び出し、絶命。映画のクライマックスはその盛大な葬儀の実写映像です。ロンドンの街中をてんこ盛りの花束で飾られた棺が行進していきます。数多の人々に見送られています。んぬ?「未来を花束にして」とは、もしかしてこの棺に捧げられた花束のことなのか、志半ばで犠牲の羊となったエミリーへ、未来の望みを告げるための花束と言いたかったのか?そうなのか?だとしても、エミリーを讃えるのだとしても、そのまま「サフラジェット」で良いではないか。もしくは彼女の墓石に刻まれているという「言葉ではなく行動で」というような実のある言葉で伝えて欲しかった。フェミニズム禁止みたいなこのニッポンへ。
タイトルは映画の魂であるのに、或いはまた、ポスターは一目瞭然に紹介するためのものであるのに、変に改ざんされ、内容と違ってしまう現象、特に女性のイメージが単純化、無力化される怪現象が、この映画をきっかけに、しばらくSNS上で話題になっておりました。例えば、Bent it Like Beckhamを「ベッカムに恋して」とねじ曲げたり、WADJDA→「少女は自転車に乗って」、Whip It→「ローラーガールズダイアリー」、STRIKE!→「ガールズ・ルール、100%おんなのこ主義」、Stuck Love→「ハッピーエンドが書けるまで」などなど惨憺たるもの、かつ、枚挙に暇がありません。詳しくはこちらをどうぞ(#女性映画が日本に来るとこうなる)。よりカラフルに、よりゆるふわに、より性的に、そしてより無意味に提示するのが鉄則のようです。これは何かの呪いでしょうか。そう、呪いだと思います。
言葉を置き換えただけで、都合の悪いことを無しにできると思い込んでいる人たちがいます。つい最近も国会で、戦闘と言わず衝突と言うだの、戦闘と言っても法制用語の戦闘ではないだのと、るる呪文が唱えられておりました。放射能汚染の不安を風評被害とすり替えるも然り、低賃金労働者を研修生と呼んで募集するも然りです。で、わたしが特に思い起こすのは、従軍慰安婦という言葉です。慰安などというゆるふわな響き、その実態は戦時性奴隷。つまり騙そうとしているわけです。映画タイトル超訳に通じるものがあると感じます。なんで映画観るのに騙されなきゃならないのかわかりませんが。多分、女が怒っているからでしょう。サフラジェット、それは名もなき花たち(パンフレットより)ではなく、怒れる女の束ですから。
物語は厳しく、登場人物はそれぞれに実に真面目な女であり男たちです。主人公は架空の人物ですが、その人生は紛れもなく相対的な史実です。「参政権とはあなたにとって何ですか」と問われ、「ないものは考えたこともない。でもあったなら他の生き方があったかも」主人公の等身大の願いを表す端的な言葉です。この一言の中にどんだけ辛い人生が詰まってるんだ、と気の遠くなる思いがします。参政権獲得から始まったフェミニズムの歴史は連綿と続き、現代の私たちにつながり、大統領就任式の翌日、アメリカをはじめ世界中で行われたデモ、ウイメンズマーチにまで辿り着いたのではなかったでしょうか。NHKニュースでは反トランプデモと呼んでいましたがなぜでしょう?言わせて貰えば、これも意図的なすり替えなんじゃないですかぁ。 映画のエンドロールで、各国の女性参政権成立年が示されます。最後は2015年サウジアラビアです。なんということでしょう、つい昨日のことではありませんかぁ。
時々、怒れるフェミニズムはもう古いという論調を見かけます。これからは楽しいフェミニズムだとかなんだとか。あり得ません。楽しいだけならフェミニズムなんかいらないからです。おかしいと思ったこと声に出して訴える、連帯して抵抗する、やり遂げるまで粘る。それって苦しいけど、真に楽しいことではないでしょうか。この映画を観ている最中の辛くいたたまれない気持ち、そして観終わった後の心震わす温かい気持ち。自分もこの流れの中で生きていたいな、きっと生きているんだな、参政権あるし、と思いました。その思いは、折につけ私を励ますものとなりそうです。
この映画がロンドンで公開された時、プレミアム上映の会場入口に関係者の歩くレッド・カーペットが敷かれました。有名女優が颯爽と現れます。そこへ、怒れる女たちが、DV被害支援の予算削減にご立腹の活動家たちが、サフラジェットよろしく乱入、レッド・カーペット上でダイ・インしました。警備員に引き剥がされまいと頑張る彼女らとともに、記念撮影にポーズし続けたのは、サフラジェットの現場指揮官ともいうべきイーディス・エリンを演じたヘレナ・ボナム=カーター。彼女は実際、サフラジェットを弾圧していた当時の首相の曾孫だそうです。面白いですね。結果、曽祖父の尻拭いもしてあげた感じでしょうか。
「未来を花束にして」 原題 SAFFURAGETTE
2015年 イギリス
監督 サラ・ガヴァロン
脚本 アビ・モーガン
出演 ヘレナ・ボナム=カーター
キャリー・マリガン
メリル・ストリープ
(ポスター左から)