“ANTIPATRIARCA”(アンティパトリアルカ)、スペイン語で「反家父長主義」。こんなタイトルを掲げ、母国チリにとどまらず世界に向かって深い思考と思想に満ちた言葉を投げかけるのは、南米の女性MC、ミュージシャン、アナ・ティジュAnaTijoux。
従順や抑圧にノーを 強く自立した女性 勇敢で違和を壊す 受け身や抑圧にノーを
人生を愛する女性は美しい 自立への解放 反家父長 そして喜び
自由へと 自由へと・・・・・・
(訳:長屋美保)
この「アンティパトリアルカ」は2014年にリリースされた『ベンゴ』VENGOに収められる。
アナ・ティジュは1977年フランス生まれのチリ人。1973年9月11日、チリで起こったアウグスト・ピノチェトによる軍のクーデターにより、軍事政権下、反体制派活動家であったアナの両親はフランスへ亡命する。17年間続いたピノチェト政権下、酷い拷問の末処刑された多くのチリの人々。アタカマ砂漠で行方不明となった家族の遺骨をいまも探し続ける女性たち。昨年公開されたチリのドキュメンタリー『光のノスタルジア』でいまもって終わっていないチリの大虐殺の歴史を映し出す。
1993年ピノチェト政権が終わりアナは家族と共に母国チリの首都サンティアゴへ帰還する
母は大地に息子の命を返せと懇願する
死神と棺を載せた馬車が揺れながら進む(「ラ・バラ」)
『ベンゴ』の前作『ラ・バラ』LaBala(2012年)のタイトル曲「ラ・バラ」(銃弾)をはじめ、アナのポリティカルなメッセージはピノチェト政権により破壊されたチリの混乱を炙り出す。そしてアナがチリへ戻った後の2011年、ピノチェト独裁政権時に公布された教育基本法で、民営化された教育により不利にたたされた教員、学生たちの抵抗運動が激化する最中、アナ・ティジュは「ショック」(『ラ・バラ』収録)を投げつける。「ショック」はナオミ・クラインのベストセラー『ショック・ドクトリン』にインスパイアされて作られたという。新自由主義を掲げノーベル経済学賞をも受賞した経済学者ミルトン・フリードマンが加担するアメリカ合衆国により、新自由主義の実験台とされたチリ。支配層の富むものはより豊かに、そして大勢の市民たちの生活が壊されていく。ピノチェトの支持者や保守派の勢力に、無言の抑圧を強いられてきたチリの若者たちに、この「ショック」という曲は多大な影響を与える。刃のようなスペイン語でまくしたてる怒り、それはチリのみにとどまらず世界中の、キャピタリズムの波に貪られていく人々を鼓舞する。
「「ショック」でも歌っている現実…政府による弾圧、情報操作、名ばかりの民主政治はチリだけでなく、日本や、他の国でもあてはまること。」『ラ・バラ』の解説に付されたインタビューでアナは語っている。
アナ・ティジュの音楽の支柱を形作るのはその政治的なメッセージが背景にある。そしてなおかつ音楽的なクオリティの高さ、コラボレーションの豊かさ、そしてなによりも言葉を発するアナのカッコよさがスペイン語をダイレクトに解らずとも圧倒的な吸引力で聴く者、観るものを引き寄せる。数々のプロモーションヴィデオのなかでも「ショック」の映像は抵抗する学生達の断片を捉えた貴重なドキュメント。現実社会へ警鐘を発する覚悟が表出するアナ・ティジュの眼。
『ベンゴ』で南米のフォルクローレに用いられる笛や打楽器をふんだんにとりいれたメロディの魅力。なかでもこの『ベンゴ』の2曲目に収められている「ソモス・スール」SomosSurのアグレッシブに繰り出すリズムの豊穣さに身震いするほど感涙した。〈私たちは南だ〉というソモス・スール。その視座はアフリカにありパレスチナ系英国人のシャティア・マンスールとのコラボレイト。そのリズムの高揚感はジプシー音楽の踊動感をも彷彿とさせる。
アナ・ティジュはヒップ・ホップという表現手段を核としながらもその位置づけをはるかに飛び越え、チリにアイディティを置きなおかつこの矛盾した不誠実な世界にリリックを撃つスケール大きな女性アーティストなのだ!
※メキシコ在中のライターである長屋美保さんのブログ、およびCD解説を参考させていただいた。長屋さんのアナ・ティジュへの情熱にも心打たれる。
ブログはこちら↓
http://mihonagaya.hatenablog.com/entry/2015/05/30/095537