革命、カストロ、ゲバラ、米ソ冷戦時代のキューバ危機・・・。キューバという国で浮かぶそんな言葉を連ねつつも、これまで私はあまりキューバという国にさほど興味を抱かなかった。そんな折8月15日の新聞には米国とキューバ間では国交回復が実現し、〈キューバに星条旗復活〉という見出しが掲げられた。
去る5月、新宿のK’sシネマでラテン映画の特集上映がありウンベルト・ソラス監督の1968年に作られた『ルシア』というキューバの映画を観た。
1895年スペインからの独立で揺れる中、愛に苦しむ女性ルシア、
アメリカの支配が強まる1932年愛する男と革命に身を投じる女性ルシア、
1960年キューバ革命後、農村で結婚しドメスティク・バイオレンスに耐えながら必死に生きる女性ルシア。
これら三話からなるオムニバス作品。三話目の夫に支配され心身を抑えられながら閉じこもっていくルシアを、共に農村で働いてきた女性たちが支え、勇気づけていく過程はちょっと感動的だった。このキューバの農村に生きる女性たちの姿が映し出される場面で「グアンタナメラ」Guantanameraという有名な歌が流れる。歌詞の訳が字幕で綴られる。キューバ女性たちの苦しみや屈しない強さを、キューバ女性への愛しさを込めこの映画の「グアンタナメラ」は歌っていた。キューバ独立運動の指導者で国民詩人であったホセ・マルティの革命詩にホセィート・フェルナンデスが曲をつけたキューバの国民歌のひとつでもある「グアンタナメラ」(グアンタナモの娘)を『ルシア』では歌詞を変えキューバの女性賛歌のように映画を支えている。
8月に入り『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(1998年作品)が猛暑のなか渋谷のル・シネマで再上映された。公開時から見逃していたのでなんというグッドタイミングだろうか。忘れられたキューバのミュージシャンを探しだし、スタジオでレコーディング、そしてステージへ。葉巻、酒、女を愛するキューバの好々爺ばかりの中に一人、そんな爺たちを愛おしく見守りながら時にはリードしひときわ存在感を示す女性歌手がオマーラ・ポルトゥオンドOmara Portuondoだ。彼女のきりりとした強い顔は、久しぶりに音楽の現場に登場し現役当時の演奏を披露する爺たちとは明らかに違う立ち位置だった。それはそうだ、オマーラ・ポルトゥオンドは引退などせずずっとキューバ音楽界の第一線で歌い続けていたのだから。
ちょっとえらがはり目鼻立ちも華やかで引き締まった横長の口、オマーラの顔は激動のキューバを、歌手という生業で生きてきた逞しさと強さを感じさせる。そんな彼女からこぼれる笑顔は限りなく優しい。1930年首都のハバナで生まれたオマーラ・ポルトゥオンド。無類の音楽好きの両親のもと芸術学校で音楽を学び1951年にはキューバで女性だけのバンド、オルケスタ・アナカオーナで活躍。母親は富裕なスペイン系名門の出身で上流社会に身を置いていたオマーラだが、キューバ・ナショナル・チーム所属の黒人の野球選手であった男性と駆け落ちして結婚したという。こんな恋愛への情熱もオマーラの歌声を聞けばうなずけるようなエピソード。その歌声は常に艶やかさに満ちている。
現在84歳のオマーラが1958年に出した自身のデビュー作を新たにリメイクし「マヒア・ネグラ -ザ・ビギニング-」というアルバムを今年発表した。軽快で深みのあるキューバ音楽にジャズが加味されオーセンティックな風格のなかに最先端なアレンジを施しとても洗練された香り高いアルバムになっている。そしてなんといっても84歳のオマーラの声に艶があり瑞々しささえも感じさせる。オマーラがこれまで生きて愛して楽しんできた人生の豊かさがスペイン語の歌声のなかに滲み出ている。あの有名な「べサメ・ムーチョ」、〈キスして、うんとキスして/今夜が最後かもしれないから〉、こんな歌詞をいまもって切に真に迫るように歌いその生々しさにドキリとする。
ユーチューブで見た2008年モントリオールでの彼女のステージは、淡いピンクのドレスに身を包み、大編成のオーケストラをバックに、歌うことへの感謝に満ちたすばらしい演奏だった。リズミカルな曲ではやや背も丸みを帯びた小さな体全身で踊り、豊かな声量をも軽やかに歌いこなす。アンコールの最後には「グアンタナメラ」が大勢の観客とともに歌われオマーラは名残惜しそうにステージの袖へと向かっていった。