今回は少女漫画の王道
第1回に続き、憲法をっという意欲もあるものの、「みなさん、きいてくださーい、こんなトンデモ本が」とご紹介するつもりだった百地章監修・明成社編集『女子の集まる憲法おしゃべりカフェ』(明成社、2014年)を人に貸してしまい、手元にないこともあって、第2回はがらりとかえて、少女マンガ。それも、ドイツ文学者の池内紀さん(毎日新聞2014年11月23日書評)などがこぞって推奨する、ほしよりこ『逢沢りく』(上・下)文藝春秋社、2014年なんかを取り上げるのが、知的なフェミニスト風を装うには良い戦略のような気もしつつ(はい、これはこれで素晴らしく、いつか取り上げたいが)、椎名軽穂『君に届け』1巻~23巻、以下続刊・集英社、2006年~2015年を取り上げる。その理由はって?いや別に…。たんに、はまっているので。行き当たりばったりのノリです、ノリ。
いやほんと、はまりにはまっている。どっぷり。『君届』はとうに有名だったらしいが、長らく書き続けているティーンズ向けデートDV本(今年中には出しますっ、本当にっ、是非読んでくださいっ。ってまず書き終わらねばね…)に「資料となるかも」とつい最近紹介されたばかり。いや資料として役に立つのはほんの少しの部分なのだが、「文献調査」と称して執筆から逃避して、さらには睡眠時間を削って通しで繰り返し読み、ついに暗記した。暗記してもなお繰り返し読むのが止められない…。暗記するまでに達したのは、『のだめカンタービレ』以来(どうでもいいですね)。かろうじて、社会人の責任感が寸でのところで「君届」廃人になるのを抑えてくれたような…。
あ、『のだめカンタービレ』(二ノ宮知子、全25巻、講談社、2002年~2010年)にもはまったと打ち明けてしまった。誰からもツッコまれないうちに、「ヤバい」と慌てる。あれって物凄いデートDVマンガ。デートDV本を執筆している私が「キャッキャ」と暗記するほどはまっていたなんて、「なんだ、そんな見識でいいのかっ?」との内なる声に責めたてられる。あ、あれは、「どつき漫才」のようなもので、「お約束」のようなものあって…、それに、千秋がのだめのピアノの才能を高く評価していることは明らかで、加害者が被害者を尊重せず、その心身を損なう実際のデートDVとは全く違うリアリティのないものだから…と弱弱しくつぶやいてみる。いや「どつき漫才」だって今は痛々しいものとして、不人気なのでは?その後の二ノ宮知子の『87CLOCKERS』(1~6巻、続刊あり、講談社、2012年~2015年)には、リアルで深刻なデートDVのシーンが何度も出て来る。お気に入りの漫画だからって、甘くなるなっ、しっかり分析しろ、ですね…(誰かから叱られているわけではないのに、ひとりシュン…)。はい、おいおい分析するかも…。
子どもの権利族としてのツッコミを少し
さて、『君届』に話を戻す。弁護士、あるいはフェミニストとして、あれこれツッコミたくなるところはある。主人公の爽子が陰気だ不気味だと風早くん以外の同級生のみならず担任からも嫌がられ避けられる当初は、つい、「弁護士に相談すればいいのに!親はなぜ気づかないっ!内容証明出したるっ」と息巻く。しかしまあ、「いじめだっ」と内容証明を出して学校側に善処を求めたりしたら、クラスの中心・人気者の風早くんが爽子に惹かれるという展開にはなるはずがないのだ…。爽子がそんな仕打ちに憤ることもなく、頑張って周囲に馴染んでいく健気さに、風早くんは惹かれるのだから。
残念ながら、子どもの権利弁護士は出る幕なし…。
プリンセス物語…でも、擁護したい
不気味がられる女子が、思いがけなくクラスの人気男子と両想いになる、「ありのまま」で可愛いと認めてもらえる。その過程で、ヘンな噂を流して再度孤立させようとしたり、トイレで取り囲んで踏みつけたりするのは女子たち。う。意地悪な女たち、救ってくれる王子様(実際、漫画中で風早くんは「王子様」とひんぱんに呼ばれる)。虐げられても健気に立ち回る女子が王子様に出会うことでプリンセスに…?
この構図ってあれよね、凡百のプリンセスものよ、シンデレラとか白雪姫とか。それにやたら爽子に編み物とかクッキーづくりとかさせるのも、「女子ってこうあるべし」的な強調といえないか、と私の理性がささやく。その名も『プリンセス願望には危険がいっぱい』(ペギー・オレンスタイン著 日向やよい訳 東洋経済新報社、2012年)やら、『お姫様願望とジェンダー アニメで学ぶ男と女のジェンダー入門』(若桑みどり著、ちくま新書、2003年)ほか幾多の書から、「女の子はかわいくイイ子にしていれば、いつか白馬に乗った王子様が迎えにきてくれる」=「プリンセス願望」を信じるようメディアに信じさせられ、その結果、将来の望みを小さく小さくしていってしまう、健全な自尊心をもてなくなってしまう、主体的に人生を楽しめなくなってしまう、etc.と散々いましめられてきたというのに、これにはまってどうするっ。内なる叱咤が響く。
「いや、既に成長しきって、主体的にガンガン仕事に家庭に頑張っている中年には、もうそんないましめ関係なくない?この程度の妄想にニヤけても実害なし!」と開き直るより前に、「君届」廃人としての部分がよろよろ、しかし、粘り気ある擁護に回る。女子の分断もあるけど、あかねや千鶴、それから当初はいじめをしかけてきたくるみちゃんだって、爽子と深く支え支えられるようになる。プリンス風早くん自身に、実は怒りっぽいし自分勝手だし、爽やかでもなんでもないと自認させる。勉強も爽子のほうがずっとできる。「木綿のハンカチーフ」(古いっ?)とは反対に、風早くんが地元の狭い社会に残り、爽子の方が地元を離れ広い社会に飛び立っていく予感も濃くなっている(今後の展開に期待)。爽子・風早カップルのほか、千鶴・龍カップルなど、独占欲を自認しながらも、それではいけないとわかっていて、他方の選択を尊重しようとしているのもgood。あかね・ケントカップルのように、結局別れることになっても、自分の気持ちと他方の気持ちを見据えて向き合おうとしているのが清々しい。
一応さらなるツッコミをするも
さらに単なるすれっからしの中年として、風早くんのようにスクールカーストの上位にある男子がその周囲の物差しから全く自由であるはずがない、風早くんが「ありのまま」の爽子を好きになるなんて、多くの女子読者にうっとり「こんなふうにいつの日か憧れのプリンスがありのままの自分を好きになってくれるかも…」と妄想させる「これだから少女マンガはっ」という夢物語、そんな甘い話あるわけないっ、妄想から目をさませ、と読者に言い聞かせたくもなる。そういう物差しを無視するところがカッコイイんだと描いていても、ねえ、それでもねえ、と物語を成り立たせないようなナナメなこともぶつぶつよぎる。
いや、実は、読んでいる最中は、一応のぶつぶつ分析は措いといて、ひたすらはまっている。繰り返し読んでも笑わせてくれる細部のギャグの巧みさに安心感。ま、結局は恋バナの王道、サイコー!真夜中に背中丸めてヒザのぬけた芋ジャーでにやにやしながら読みこんでいる四十路の女の姿を客観的にみれば、それも離婚事件の起案の後にどっぷり読みこんでいることを想えば、かえって鬼気迫るものがあるような気もするが、だからなに。