私は、自分の首と肩の恰好があまり好きじゃない。首筋はスッとしていないし、長さも足りないし、だから着物を着ると岸田劉生の麗子像になってしまうし、成人式の着物姿をひと目見たお花ちゃんに「ブタちゃんは首が太いのと肩がいかり肩なのが致命的」と的確なダメ出しをされたことも含め、色々と明白である。
しかし、お色直しのドレスはめちゃくちゃ首と肩が出ているデザインだった。
しかも、上半身から腰、尻、膝のあたりの体のラインが強調されたマーメイドラインであった。
お花ちゃんにブタ呼ばわりされていたことからもわかるように、私はウエストからバストにかけてのシルエットにメリハリが無い。申し訳程度のくびれしかないのである。紐で括られたスライス前の叉焼を思い浮かべていただきたい。あれを縦にちょっと伸ばせは、大体そんな感じが私のウエストである。
つまり、マーメイドラインの肩を出したドレスからは最もほど遠いところにある身体の持ち主なのであって、そんな私がわざわざお色直しでマーメイドラインの白のドレスを着ようとしているのは、母への孝行のつもりであった。
母は当初、「絶対に白無垢!」と言っていた。
白無垢、そしてお色直しでドレス、というのが母のパーフェクトプランだった。
けれど、結納の時にはっきりしたように、私は和装そのものが似合わないのである。
そして白無垢の必須アイテム、綿帽子も絶望的に似合わない。
メタルのライブ会場の外で、パーカーのフードを被っている私を見たお花ちゃんが
「おいババァ、死ぬほど似合ってねーぞ。まず何より顔がデカい!」
と、のたまったからである。たしかあれは真冬の出来事で、屋外のロッカーに荷物とアウターを預けてしまった我々はライブ会場の外で開場時刻まで寒風吹きさらしの下、がたがたと震えていたのだった。私はお花ちゃんを無視してフードを被り続けたが、入場後に入ったライブ会場のトイレで鏡を見て、確かに顔の大きさが際立つな、と思ったことをよく覚えている。
「ママは色打掛にしてしまって白無垢を着られなかったことをずっと後悔しているから、ミナトちゃんには白無垢を着て欲しいの」と母は繰り返し言い、積み重なったゼクシィの和装特集ページに蛍光ピンクの付箋まで貼っていた。
「死ぬほど似合わないから嫌です」と毅然として断った私に対し、母は一度は引き下がったが、折衷案としてウエディングドレスの試着にはついていく、と言い、私はそれを快諾した。
その結果が、お色直し後の白いマーメイドラインのドレスなのであった。
退場する私とお嬢さんたちを見送った筈の母が着替え中の控室に現れて、髪を直してもらっている私から少し離れたところで「やっぱり素敵なドレスねぇ」とため息をついた。
ヘアメイク担当の安藤さんが、先ほどまでアップにしていた髪をどんどんバラし、私の肩と首を隠していく。
お色直しの後の髪形はお任せにしていたので、この首と肩はうまくごまかすべき、というプロの判断だろう。
鏡の中の私は緩く巻いた長い髪をサイドに寄せて流され、錯覚で首が少し細くなったように見えた。鏡越しの安藤さんがニヤリと笑う。うまいこと出来たでしょ、という笑いである。私は小さい声で「首が細く見えて嬉しいです」と言った。
そうしている間にも母はしきりに「いいわぁ」「やっぱり素敵ねぇ」と言い続けている。
ウェディングドレスを決める為、10日間の夏休みを全て使って母と全13箇所のサロンを回った。
鏡越しに、うっとりとこちらを眺める母を見て「試着の時も、『ママが着たいくらいだわ』って何度も言ってましたよね」と言うと、新婦の母として黒留袖を着込んだ母からは「今でも着たいわよ!」という言葉が返ってきた。
ゆく先々のサロンで常にこの会話の応酬はあったのだが「よろしければお母様もどうぞ」と一度も言われなかったのは、この母親は勧めたら十中八九本当に着る、という確信がどの店員の頭にもあったからだろうか。
実際、母と一緒に服を買いに行くと、まず私に着せ、「ママも着たいわ」と言い、母が着て店員に「お母様お似合いですよ」と褒められて結局母が買う。ただ、ウエディングドレスは新婦の母に似合ったところで購買に繋がるものではないので、そりゃ勧められないだろうな、とは思ったが、「ママも着たいくらいだわ」は一回や二回では済まない回数繰り返されたので、「ママも着たいくらいだわ」はつまり「ママが着るわ」であり「ママの方が似合うわ」だったのだろう。
長年バレエを踊っていた母は首が細くて長く、肩から肩甲骨にかけてのラインがいまだに綺麗なので、確かに首と肩を思い切りよく出したデザインのドレスは似合うだろう。
一着目のドレスには特にコメントが無かったのに、このドレスにこんなに喜んでいることを思うと、ドレス選びの段階でイライラしたりせずにちょっと試着させてあげればよかったかな、と胸が痛むような気がした。
10日間かけて13箇所のサロンを巡り、私が「これだ!」というドレスを見つけた時、不幸にして母もまた「これだ!」というドレスを見つけてしまった。
それが、今着ているマーメイドラインのドレスである。
試着した自分の姿を見て、絶対にこれは私が着るべきドレスじゃない、という確信があったのに、私は折れて「ママがそんなに勧めるなら、お色直しはこのドレスを着ようかな」と言ってしまった。
その言葉を聞いたサロンのスタッフが、ホッとしたように「孝行なお嬢さんでよかったですねぇ」と母に微笑みかけるのを見てぞっとした。彼女も私の試着した姿を見て、本人同様に表情を曇らせたので、似合っていないことはわかっている筈である。
私は半ば捨て鉢な気分で「これが最後の親孝行みたいなもんですからねぇ」と言い、言ってしまった後で「最後の親孝行かぁ」と繰り返した。もうどうにでもなれ。
自分の気に入ったドレスが採用されて上機嫌の母は「ミナトちゃんったら、『最後の』なんて言っちゃって」と笑った。
「まだまだ、孫の顔を見せてくれる親孝行が残ってるわよぉ」