山田仕郎の方がどう思っていたが知らないが、私は結婚式のご祝儀の相場は三万円だと思っていた。
他の行員の結婚式に出席してわかったことだが、銀行の支店長でも私たちのような非役付の行員でも包む金額に特に差は無い。一律三万円である。
披露宴の時間帯は昼だったので本当はランチ価格で考えなければならないのかも知れないが、仮に式場にした西麻布のフレンチでディナーを楽しんだとしたら大体一人あたり一万数千円。もともとワインリストが充実していると評判の店なので、パーティー仕様のフリードリンクとは言え、飲食費をだいたい一万五千円と見積もって、プラス五千円程度の引き出物が付けば三万円払って実際のサービスは二万円分である。
残り一万円はどうにもならない。
芸能人の結婚式でもあるまいし、加点が無理ならせめて減点のないようにしたい。
「ご祝儀払ったけど、逆に金貰いたいレベルだったよなぁ」
「結婚って負債だわ」
と、かつて男性の先輩行員たちが内輪の酒の席で喋っていた酷い内容の会話が常に幻聴のように脳内にこだまし、勝手に自分自身に呪いをかけた私は、披露宴でよく流れる『馴れ初めビデオ』を省略した。
普通の子供が普通に育っていく様子を、食事中の室内の照明を落としてまで見せる意味がわからない、というのが半分。もう半分は、大学一年生から結婚する直前までの日々は、お花ちゃんと結婚することを目指して頑張っていた期間なので、この結婚式に当時の写真を使うのは不適切だと思ったからだ。
また、山田仕郎は山田仕郎で積極的に「映像を流しましょう!」と言いだすことは無かった。
山田仕郎が馴れ初めビデオを作りたがらなかったのは、どうやら結婚に至るまでのきちんとした説明を医局の誰にも説明するつもりがないからのようでもあった。
成人し自分の人生を生きる大人が、何もかもおばあちゃんとママにお膳立てしてもらって、それで「結婚しました」等と世間に思われていいのだろうか。ダメだ。私もまた、広い意味では恵美子さんのお膳立ての為の筋書通りに動いてしまったのかも知れないが、少なくとも結婚しようという意志はあった。第一、あれだけしっかりとレールが敷かれていたにもかかわらず、山田仕郎は結局今日に至るまで「結婚してください」と言うことはできなかったし、誓いのキスもまともに出来ない。婚約指輪を購入したのも恵美子さんだ。
山田仕郎は何の努力もしていないように思えたし、そのズルさをそのままにしておきたくなかった。
披露宴が始まると、フンワリとして具体性に欠ける馴れ初めエピソードが司会者によって紹介された。
新郎の山田仕郎さんと新婦の菊池ミナトさんはお仕事の関係で知り合い、本日めでたく結婚しました。
「それでは少し、新郎仕郎さんと新婦ミナトさんにインタビューしてみましょう」
事前のリハーサルで質問の内容は聞かされており、「緊張してうまく答えられなくても大丈夫です、こちらでフォローできます」と言われていた。その時、「大丈夫です! アハハ」と私は答えたが、山田仕郎はどんな顔をしていたんだろう。
「『この人と結婚しよう!』そう、思ったのはいつでしたか?」
司会者の質問中に、山田仕郎の手にマイクが握らされる。
司会者と、私と、全てのスタッフと、着席した百人弱のゲストが微笑みを浮かべて見守る中、山田仕郎は緊張の面持ちで「笑顔です」とだけ答えてマイクを置こうとした。
ゴトッと音が鳴る前に式場スタッフがスッとマイクを受け取り、司会者の女性が「新婦ミナトさんの明るい笑顔に魅かれた、ということですね!」と通訳した。さざ波のように拍手が起こり、私は『ハイッ! この笑顔で~す!!!』とばかりにニッコリする。
「それでは、今まさに新郎仕郎さんのお隣で素敵な笑顔を浮かべていらっしゃる新婦ミナトさん、ミナトさんはいかがですか?」
「はい。先ほど少しご紹介いただいたのですが、私、元々、銀行員として仕郎さんのおばあさまとお母様を担当させていただいておりまして」
司会者が「そうだったんですね」と遠くで言っている。
「担当エリアを持って、最初に担当させていただいたのが、こちらのお宅だったんです。新入行員で色々と至らない点が多かった私を、お客様として育ててくださって、私はこちらのご家族のことが大好きで……。仕郎さんとの縁談のお話をいただいたときも、大好きなこちらのご家庭に入ることが出来るなら、そんなに嬉しいことはないなって思いました」
高砂から一番遠い親族席で、恵美子さんとお嬢さんが泣いているのがよく見える。
一番手前のテーブルに座った新郎側のゲストが「聞いてたか?」「いや」「なるほどねぇ」等と言いながら頷いている。
「新婦ミナトさんは、結婚のお話が出た時には既にお心が決まっていらした、ということなんですねぇ」
司会者のまとめに拍手が起こり、私は少し話し方を間違えたような気がした。
それでも、披露宴中のいくつかのイベントには一貫性を持たせられたと思う。
お色直しの時、新婦は兄弟姉妹や友人、母親などを伴って一時退席するのだけれど、私は恵美子さんとお嬢さんを指名した。サプライズ演出なので、相手には伝わっていない。山田仕郎も聞かされていない筈だった。
通常は、一緒に中座するゲストが新婦のところまで行き、そこからテーブルの間を縫うように扉まで歩くのだが、司会者が「新婦ミナトさんがお色直しのエスコート役に選ばれたのは──新郎のお母様とおばあ様です!」と宣言するとすぐに私は席を立ちあがり、山田仕郎を高砂に残したまま式場の真ん中をズンズン突っ切って恵美子さんとお嬢さんを迎えに行った。
お嬢さんは物凄くびっくりしていて、「まぁ、ミナトちゃん、そんな、私たちでいいの」と息も絶え絶えな様子で呟いた。車椅子に積んだ酸素ボンベから常に酸素を吸っているのである。私は「もちろんです」と頷き、車椅子を両手で押しながら恵美子さんと腕を組んだ。
親族席は末席なので、ドアのすぐ近くである。
司会者の「では、せっかくですからお義母様たちと一緒に会場内を一周していただきましょうか」という一言で案内役のスタッフが現れ、スタッフの先導で私たち三人は会場内をゆっくりと回った。
おもしろいことに、車椅子のお嬢さんがあまりにも泣くからか、親族以外にももらい泣きをしている方々がちらほらといて、私は転ばないようにスカートの前を蹴り上げてゆっくりと歩きながらニコニコと愛想を振りまいた。