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サツマイモが収穫されている頃、支店の中では突然専門分野の違う我々と代理格の担当先を見直すことになり、つばさちゃんや私は大きな地主を任されるようになった。

運用だけでなく、資産承継や土地活用等、私やつばさちゃんの手には負えなさそうな規模の地主は課長やその周囲を固めている代理格が担当していたのだけれど、単純に忙しすぎて手が回らないから、という理由で私たちが副担当のような感じで訪問して良いことになった。

「そーゆーの得意でしょ。可愛がって貰ってきなさい」と言った課長は、大して期待していなさそうな笑顔を浮かべていて、私もつばさちゃんも逆に気が楽になった。

曖昧な指示で地主の懐に潜り込むのは楽しい。

私たち二人は課内で野放しにされているのをいいことに、ぐいぐいと担当先の家庭に入り込んでいき、私が地主さんと一緒に人参を洗っている日に、つばさちゃんは地主さんの家でお昼ご飯を一緒に作ったりしていた。そういう報告を、一日の終わりにロッカールームで話した。

「今日私、人参洗う機械見たよ」
「へぇ!」
「すっごいゴロゴロ言うの。人参専用なんだけどめちゃめちゃ大きくて、まだまだ何年でも使えるって言ってた。でも、その地主のおじいちゃん結婚してなくて、亡くなったお兄さんの妻と一緒に暮らしてるんだよねぇ。土地はお兄さんの妻のものなの」
「えっ激ヤバじゃん」

つばさちゃんの感想、『激ヤバ』というのは、相続で揉めるに決まっているから大変ですね、と言う意味だ。
「だから菊池ちゃん、課長に『本部から資産承継のプロの人呼んでください』って言ってたんだ」
「うんそう」
「それ絶対いい材料になるじゃん」とつばさちゃんはニヤリと笑い「私も今日、地主さんとこで一緒にお昼作っててさぁ」と、大口の保険大口成約に繋がりそうなエピソードを聞かせてくれた。

課長には、実績に繋がりそうなことだけを報告する。「一緒にお昼ごはんを作りました」とか「一緒に人参を洗いました」とかそういうことは報告しない。確かに「可愛がって貰ってきなさい」とは言われたが、過度に顧客の家庭に入り込むのは銀行的に良くないことだとされていたからだ。

しかし毎度毎度貰ってくる野菜はさすがに隠しきれない。

私とつばさちゃんが同じ日に同じ野菜を10kgずつ貰ってきてしまって、もう、しょうがないなぁ、アハハ、みたいな空気で皆で笑っていた時に課長が真顔だったりして、何となく不穏な空気を感じていたところに支店長から「去年よりも明らかに『収穫量』が多いようだが」とチクリと刺すご発言があり、接待や贈答品を受け取った時に起票する『接待贈答管理簿』を残すことが義務化された。

洗い人参(泥が落ちている)を10kg貰ってきたら、そのまま課長の所に行って、「人参をいただきました」と報告する。すると、課長が後ろの棚から『接待贈答管理簿』と書かれたファイルを取り出し、顔の半分だけで笑いながら「農協さんお疲れ様です」と渡してくる。詳細な経緯を手書きで記入して、最終的に支店長の印鑑を貰ったら、ようやく人参を分配して良い。

「お客様から『せっかくだから持って行きなさい』と言われ固辞するも、今後の関係構築を考えると断り切れず、やむを得ず受領。人参10kg、支店内にて費消したもの」等々。実際は固辞なんてしておらず、大喜びしながら貰っただけである。規定上、金銭に換算しないといけないので、金額の欄に「3,000円相当」と記入するが、一緒に営業車に人参を積み込んでくれた地主のご老人の笑顔を思うと、お金に換算してしまうのは失礼な気がした。

私たちが野菜を貰いまくるのでこんな大ごとになってしまったけれど、元々そこの支店には「柿の実を貰ってようやく一人前」という伝統があって、地主さんの家の敷地内に植わっている柿の木の実を貰うことが関係構築のバロメータのように捉えられていた。

だから、代理から引き継いだ地主さんから「菊池さん、柿は好きかい?」と聞かれた時、心の中でガッツポーズをした。その地主のおじいちゃんは竹の先を割って作った自作の柿もぎ器を持っていて、器用に柿をもぐさまを私は敷地内で飼われている犬と一緒にぽかんと眺めた。柿の実が幾つも生った枝に竹の裂け目をひっかけて、くるりと手元を捻ると枝は簡単に折れる。枝は意外にしっかり引っかかり、竹を斜めにしてするすると持ち手を移動していく最中に落ちてくるようなことも無かった。もいだばかりの柿の実は曇っていて、地主さんが腰から下げた布でキュキュッと磨くと見事なツヤが出る。地主さんの飼い犬は柿の味を知っているので、形の悪い柿や割れた柿をその場で貰って喜んでいた。

初めて貰った柿の実を写真に撮って、私はメールで山田仕郎に送ってみた。「見てください! お客様の地主さんにいただきました! 仲良くなれたみたいで嬉しいです!」という文章を添えて。もちろん返事が返ってくるはずもないので、そのまま車を運転して駅の向こう側のコンビニに行き、仕事中のお花ちゃんに柿の実を見せに行った。お花ちゃんは、支店内での柿の実にまつわるプレッシャーを散々聞かされていたので「へー、良かったじゃん」と笑い、「豚って柿食うの?」というバカみたいな質問をしてきたので「地主さんのワンちゃんも食べてたよ」と言っておいた。

一方、山田仕郎からは結局何の返信もなかったが、母親であるお嬢さんから週末に「ミナトちゃんは、柿が、お好きなんですね♪」というメールが届いた。

入退院を繰り返すうちに、自宅にいる間も臥せっていることが多くなっていたお嬢さんからは、たまにメールが来るのだった。

貰ってくる農作物が柿から人参や長ネギに変わっていき、そうしているうちにすぐに年末になり、あっという間に新しい年になった。

正月にお互いの家に挨拶に行ったものの、山田仕郎との相互理解は全く進まず、2月になっていた。

2月11日は祝日で、その日は結婚式です。

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菊池ミナト

菊池ミナト(きくち・みなと)

主婦
リーマンショック前の好景気に乗って金融業界大手に滑り込んだアラサー。
営業中、顧客に日本刀(模造)で威嚇された過去を持つ。
中堅になったところで、会社に申し訳ないと思いつつ退社。(結婚に伴う)
現在は配偶者と共に暮らし三度三度のごはんを作る日々。
フクロウかミミズクが飼いたい。 

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