私は飛行機が好きだ。ごはんが美味しいシンガポール航空。ゆったりと座れる大韓航空。アメニティが可愛いエール・フランス。おもてなしのスタイルはそのままその国のホスピタリティ精神を写し出しているようで、なんとも面白い。
仰天の出来事も飛行機の中では起こる。B航空に乗った時は実にスリリングだった。激安のチケットだったそのフライトは、東京発タイ行き。機内に入るとなんとも言えない使用感が漂っていた。座席のテーブルについた手垢や、シートのクッションのなさ加減がこの機体にすごみのような雰囲気を纏わせていた。
実はこの頃のB航空は、すべての航路を3機で就航しており、そのうち1機は故障中だった。一緒に旅に出た友人はその情報を知って、フライトをキャンセルしたいとうるさく騒いだが、私は頑として受け付けなかった。
酷使された機体は飛び立った。「今日も飛ぶのか。」と、覚悟のような嘆きのようなエンジン音が東京上空に鳴り響く。私はこの機体がなんだかスレた不良少年のようだなぁと思いながら、隣で青ざめる友人を眺めていた。
目をつぶると10年以上前のこのB航空のフライトアテンダントの顔がまざまざと思い浮かぶ。民族衣装のような服を着た貫禄のある女性だった。ワゴンを引き、ごはんを配る待ちに待った時間。しかし、それはいつもの光景とは違っていた。メニューがない。肉か魚かとか和食か〇〇料理かというような選択は乗客にはなく、2種類あるらしいその料理をフライトアテンダントが適当に撒くのだ。配るというより“撒く”。囚人のご飯時ってきっとこんな感じなのかなぁと思うほど、配る人ともらう人との関係に上下関係が生まれていた。「私、こっちがいい・・・」と言おうとした友人は、無言の制圧に負けてだまって配られたものを受け取っていた。
なかなか変わった経験ではあるが、ひざまずき乗客のオーダーに答える日本の航空会社に慣れていたその頃の私は、B航空のフライトアテンダントを、少しかっこいいと思った。
さて本題。私は中東のある飛行機に乗ってみたいと思っている。料理も豪華ならシートも快適。最新の機材で飛んでいると聞く。料金もヨーロッパ各国の会社よりも安く、ヨーロッパに行く人には好評らしい。でも私は乗れない。飛行機の中ではできるかぎりくつろぎたい。でも私が男に見える姿で女性として搭乗している場合、フライトアテンダントは私にどんな態度を取るのかが怖いのだ。
このコラムでも書いているが、海外に行くと日本とは違う差別表現を受けることがある。そのほとんどが、パスポートを見せるタイミングだ。イスラムの国の入国審査ではそのまま帰国したいと思うほど蔑まれた。ある国では身の危険を感じたこともある。もし狭い飛行機の中で十数時間もそんな視線の中にいなければならなくなった時、その旅はもうバカンスではなくなる。そんなのごめんだ。
実際乗ってみたら、そんなこともなく私の逆差別だったなんて結果になるかもしれない。でも、LGBTが人として扱われない国の飛行機に身を任せる勇気はない。飛行機の中は航空会社が属する国を凝縮した場所であるからだ。
この季節になると、カラダに染みこんだ傷のような痛みの感覚がふっとカラダに蘇る。4月からクラスが変わる、学校が変わる、就職する・・・環境が変わる前の時期。私は毎回憂鬱だった。新しい生活への期待など感じる余裕などなく、その新しい世界で自分が“どう扱われるのか、どう生きられるのか”ということに不安が集中していた。
好奇の目が指す痛みは、治る頃また新たな傷を開き、いつも瘡蓋のようになっていた。でもその度、「乗り越えなきゃ。」と気力のような、意地のような、馬鹿力のような力をカラダの真ん中から振り絞る度に、私は私を手に入れていた。
「新しい環境に行きたくない!」そんな想いを抱えて過ごしていた幾度かの春を今、中東の航空会社のHPを見ながら思い出している。そして、あの頃の強い自分を懐かしく羨ましくさえ思う。私は今なんて弱いんだろう。もうセクシャリティで自分の人生が大きく変わることなんてないと思っていた40代の私。でも、今私は大きな不安を抱えている。そんな話しを、次回書いてみたいと思う。