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ヘイト本の行方

茶屋ひろし2017.08.22

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先月取次を変えたら、今まで入ってこなかった出版社の本が新刊配本でやってくるようになりました。清水書院、北大路書房、中央法規など人文系専門書から、青林堂、WAC、ビジネス社などの歴史修正主義とヘイト本まで。

飛鳥新社からは百田尚樹の新刊『今こそ、韓国に謝ろう』が10冊配本されました。ひゃー、なんて言いながら作業台に積んで、パラパラと中身を見て少し悩みました。来店されたお客さんには必ず訊かれるだろうから、一冊くらいは置いておこうか。でも、店に出すの、嫌だわ~、レジの後ろに置いとく? それもなんだかややこしいわね、とか一人で言いながら、やっぱり返そう、いいかな? とスタッフの女の子たちに言うと、「いいんじゃないですか」とか、「私、その人嫌いです」と賛同を得られたので、えい、と10冊まとめて返品台へ。お客さんに訊かれたら、売り切れてしまって在庫ないんですすみません、お取り寄せさせていただきましょうかとか言っといて、「はーい」とまとまりました。これを即返品といいます。

大型書店で山積みになっている光景をみかけるたびに、私は経営者側でよかった、と思います。ストレス抱えている店員さんもいそうな気がして。

その後、やっぱり何人かのおじさんたちから店頭で訊かれたみたいです。私も訊かれました。「百田ナントカさんの書いた、ほら、今朝新聞の広告に出ていた、あの、韓国のことを書いてある・・」って、ズバっと言えばいいのに。ツイッターでも「百田先生の本を置いていなかった。怖いw」みたいなことを書かれました。先生って、お前は編集者か。信者のようになっています。

以前このコラムで書きましたが、百田の本を平積みしているのはいかがなものか、とあるお客さんに言われたこともずっと心に残っていました。その時は、それはナイーブな反応なんじゃない? なんていきがりましたが、世論って空気、政治って空気でつくられている、と最近は強く思うようになってきました。歴史の検証はとても大事なことだけど、それだけに時間がかかるもの。私にはできないことですが、研究者たちにじっくり時間をかけてもらうためにも、空気くらいは良くしておかないといけません。

青林堂は出版社名で即返品、WACは、タバコはそんなに悪くない、とか、90歳まで生きる、とか健康系のタイトルは店に出す、ビジネス社は・・と思っていたら、先日『沖縄を本当に愛してくれるのなら、県民にエサを与えないでください』というタイトルの本が2冊入ってきました。沖縄出身者が書いているからとか、これも真実だとか、中身云々より、もうタイトルが差別で駄目すぎる・・即返品でした。

売れるからつくるのだろうし、ウチにとっては売り損じにもなるのだろうけど、いったいどうなっているのか、出版業界。
困るのは、新潮社や文春、講談社、小学館などの大手出版社が、新書や文庫でヘイト本や歴史修正主義者の本を出すことです。今のところ、雑誌と新書と文庫の新刊はすべて置いていますが、そのうち選んでしまうかもしれません。
ちなみに今月の新潮新書からは百田尚樹の『戦争と平和』が出ています。新潮社がつくったポップには百田の手書きで、「二度と戦争を起こしてはいけない」とか書かれています。まったく心に響きません。
今、新書で頑張っているのは集英社と中央公論社くらいじゃないでしょうか。

大掛かりな「ある空気」の醸成が進んでいると思われます。たぶんそれは「軍国主義」みたいなものでしょう。
出版業界の現場にいる人たちもそこから降りられなくなっている。勇み足の人はわずかで、あとは思考停止しているか転職できない人たちだと思いたい。
言論の自由という看板をかかげて、自転車操業のように嘘とデマゴーグにまみれた本を出し続けていたら、そのうちトップダウンで「政権を摂った軍部」が良しとするものしか出版できなくなって、本当に言論の自由がなくなってしまうんじゃないか。本屋に行ってもそんなくだらない本ばかりだったら、足が遠のく人のほうが多くなるのではないか。そもそもそんな本から読書の醍醐味を味わえるのか。
ないか、ないか、で息苦しい。

産経新聞社の本は配本がなく、営業代行のおじいちゃんもウチへの訪問を諦めてしまったので、もう入ってきません。
ところが先日ダイヤモンド社から櫻井よし子が入ってきました。
日本会議のアイドルと認識していますが、テレビに出ないにしても、大手新聞社に広告が打たれ、大型書店の店頭に平積みしているだけでも、その空気に感染する人は増えていくように思います。
小さいですがウチの店頭もメディアの一部になります。

先月丸善ジュンク堂の社長さんが、「アマゾンのせいで、何でもそろえている大型書店は化石になってしまった」と憂いていました。
私の知る限り、いま元気のある本屋は、家族や一人でやりはじめた新刊も扱う古書店です。すべての本を置くことはできないスペースで店主がセレクトした本を売っています。経営者がそこそこ生活していければそれでいいという規模でしか、本屋を残すことはもうできないのかもしれません。

配本だけでそもそも主張がない町の本屋はどんどんつぶれていっています。その理由は数あれど、本が売れないからではなくて、業界全体が、売れない本しかつくれなくなってきているからじゃないか、メディアの一部としての政治への批評性が弱まったせいじゃないか、そのせいで一時的に売れるものへの制作に力を入れるようになったせいじゃないか。
また、ないか、ないかになりましたが、意外とありえると思っています。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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