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手術を挟んで2年ほどテストストロン、男性ホルモンと言われるホルモンを打っていた。その間隔は長く、他のFTMに比べてはかなり微量な量しか投与していなかった稀なケースの中で、私は前例がないと言われながらホルモン投与をすっかりやめた。

思考が回らない、物忘れが激しくなる、カラダがだるい、そんな症状がホルモン投与もしくは手術をする前と後で顕著に現れた。私はそれをテストステロンまたはエストロゲン(女性ホルモンと言われるもの)の不足から来るものだと考えた。と言っても、子宮も卵巣も卵管も取っておきながら今更エストロゲンを投与するのもな~ということで、私は自分で決めた。もうホルモンは外から一切入れない!男性ホルモンも女性ホルモンもお断り!
すべてが解明されてない、その恐るべしホルモンの世界と縁を切ることにしたのだ。

それから数年、ほてり、物忘れ、思考の衰え、倦怠感・・・挙げたら切りがないないほどの症状が私の生活を変えるほどの威力でやってきた。更年期障害だ。漢方にサプリメント、新薬も試した。しかし、まったく効かない。そんな生活を20年近くやってきて、今、私はまたホルモン投与を考えている。さぁどっちを打つべきか?!女性ホルモン?男性ホルモン?

意を決して、昔お世話になった医者の所に久しぶりに出掛けた。そこは婦人科だ。親身になって一緒に考えてくれるその医者を私は人間としても信用している。今では私以外にもFTMそしてMTFがホルモン投与に訪れているというその病院にまず行こう。さぁどうするか私。

そんなに大きくない待合室。10人も座ったらいっぱいの椅子に妊婦さんらしき人が大勢座っている。私は浮いていた。性別の所をマジックであえて汚し、見えないようにしている保険証を受け付けに出し、名前を呼ばれるのを待った。
そんな時だ、受付の女性が大声で私に言った。その声にみんなが振り返る。

「性別をマジックで塗っている理由はなんですか?」
病院中の人が聞こえるその声に私は受付に行き、小さな声で答えた。
「今ここでは言えません。」
受付の女性は、さらに大きな声で
「こういうことは違反です。」
「先生に私のことを確認してください。説明は先生がしてくれるはずです。」
2人の会話が聞こえない人など誰もいない。
「保険協会に通報します。」
私は近くにいる看護師に助けを求めた。
「先生に私のことを伝えてほしいと」

診察の順番が来るまでの20分。受付のもう一人の女性は、遠慮なしに私に視線を投げた。手元の資料と私を見比べ何かを探し当てるようなまなざしをぶつけるのが伝わる。ヒリヒリとした懐かしい感覚が私を襲った。久しぶりだった。こういう視線。動物園の檻の中に入れられたようなそんな感覚。追い込まれ逃げられず、それでも冷酷に向けられる好奇な目。

病院に行くと少なからずこういう目には合うが、性別について小声で確認してきたり、診察時に確認されるなどの最低限の“配慮”をみせたり、中には診察券を男性にしてくれる病院だってある今、トランスジェンダーが頻繁に来る病院でこういう目に合うなんて驚きすぎて、しかもこういう対応が久しぶりすぎて、もはや“恐れ”に対する抗体機能を失っていた私の心は震えた。

対応の改善を求め、クレームを入れた医者の反応はやはり信用できるもので、私は診察を続け今後の治療方法について話し合った。(この話はまた次回)しかしこういう医者がついていながらも、こうなるかという絶望感は拭うことができない。

一方でこういう“嫌な出来事”を最近では味わうことなく過ごしていた私は、昔の大変さを思い出し、それに耐えてきた自分を「強くていいなぁ」とうらやましがった。逆境は私を強くし賢くしてくれる。

次の日、最近付き合いができたある仕事相手と談笑している時、セクシャルマイノリティ(セクマイ)の話になった。50代のその女性とは、男の悪口を言い合え、フェミ話ができる相手だ。もちろん私のセクシャリティのことは何も知らない。そんな彼女が世間話から
「ああいうテレビの中の“おかま”はさぁ~」
と言ったのだ。“おかま”という言葉に私はギョッとした。“ゲイ”でも“おねえ”でも“おかまちゃん”でもなく、お・か・ま。話の内容からではなく、その3つの言葉から強烈に放たれるこの侮蔑感。これは私の心を凍らせる言葉だとカラダが説明するかのように、カラダが緊張して固くなった。女性の権利を主張できる人から出たという衝撃もあり私はもはやその人と会話ができなくなってしまった。

この2つの衝撃に私は思い知らされた。セクマイは生きやすくなったかもしれない、LGBTは認知され、経済を動かす存在だとまで言われている、でも、でも!まだここにあるセクマイへの“際物”としての“異物”を見るようなその視線。それはけして少数派ではないのだ。むしろ多数派かも知れない。なぜなんだろ?セクマイの存在を知らしめた所で拭いされない“そういう人達”の意識。これは、セクシャルマイノリティとそうでない人との間で埋めるべきものではない。人権意識の問題だ。マイノリティが声を上げ、“ここに生きている!”と伝える努力をしても、その姿を可視化しても、人権という感覚が希薄ない人がマイノリティを理解できるはずがない。

“人権”という言葉はなんだか手ごわそうで、本や法律の中の言葉のようで理路整然に説明するのは難しいけれど、でも人権は“感覚”だと私は思う。私はその権利が奪われそうになる時のカラダの震えを知っている。その権利がおまえにはない!というかのように向けられる視線の冷たさ、そしてその恐怖を知っている。この感覚を人に伝えるのは難しい。味わったことのない人に想像しろというのはもっと難しい。いったいどうしたらいいのだろう。

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アンティル

アンティル(あんてぃる)

ラブローター命のFTM。
数年前「性同一性障害」のことを新聞で読み、「私って、コレかも」と思い、新聞を手に埼玉医大に行くが、「ジェンダー」も「FTM」という言葉も知らず、医者に「もっと勉強してきなさい」と追い返される。「自分のことなのに・・・どうして勉強しなくちゃいけないの?」とモヤモヤした気持ちを抱えながら、FTMのことを勉強。 二丁目は大好きだったが、「女らしくない」自分の居場所はレズビアン仲間たちの中にもないように感じていた。「性同一性障害」と自認し、子宮摘出手術&ホルモン治療を受ける。
エッセーは「これって本当にあったこと?」 とよく聞かれますが、全て・・・実話です!。2005年~ぶんか社の「本当にあった笑える話 ピンキー」で、マンガ家坂井恵理さんがマンガ化! 

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