病院で目が覚めると、私は管人間になっていた。口と尿道にチューブが入れられ、異物が入ったカラダに水分を流し込んでいた。処置室には、男の医者と看護師2名。そして友人とSがいた。
その日、私は私の落ち込みように心配していた友人と飲みに行く約束をしていた。1時間経っても待ち合わせ場所に来ないことを心配して、友人は私の家にやってきたのだ。チャイムを鳴らしても私は出ない。しかし、友人はこの時、妙なカンが働いたという。ベランダ側に回り塀を乗り越えて友人は窓を開けた。小柄なその友人は、ただ必死に塀を乗り越えた。そしてそこには、ぐったりとした私が床に落ちていた。
救急車の音が遠くで聞こえていた。『あー大変なことになったちゃったなー』。そんなことをぼんやり考えながらまた深い世界に引き込まれて行った。『このままここにいたいなぁ?』そう思っていた時、私は救急隊員の言葉で現実に戻っていった。
「この幅じゃ、担架通れませんね。」
救急隊員が友人に話している。『通れないなら、私がどうにかしなきゃ。起き上がればいいの?もっと横になって小さくなればいいの?』頭が現実に戻されてもカラダはどうにも動かない。目すら開かない。私は心配しながら救急隊員の言葉を待っていた。
「だめですね。外傷はないみたいなんで、私が抱きかかえましょう。」
『あぁー知らない男にお姫様だっこされるのか。なんか嫌だなぁ』
そう思いながら、私はまた暗く深い世界の戻っていった。
友人は、Sを呼んだ。Sの動揺する声が聞こえる。たぶんもう目は開くのに、私は目を開けることがどうしてもできない。管を通された私がいる現実の世界。さっきまで違う人と一緒に愛を語り合っていたSが、私の前にいる。何よりもそれは私が置かれている状況をリアルに突きつける。『あぁーあの世界に帰りたい』
上と下から体内に入った異物を吐き出す、そして点滴を入れられた手を医者が叩きながら語りかける。
「アンティルさん!聞こえますか?!」
「はい」
いつまでも目をつぶっているわけにはいかない。私は目を開け、声を上げた。
「アンティル」
Sは泣いていた。
私はただただ逃げたかった。この世界から逃げたかった。どんなに好きになっても私の未来には、人に祝福される恋などない。私が私のままで生きるということ、それは孤独と引き替えだ。私は私の生き方に絶望していた。その絶望はさらなる絶望を乗せて私と現実を縛り付ける。
即日退院となった私は、友人の家に引き取られて行った。