あの事件から私はクラブグレースに行くことが出来なくなった。
私が店にいるとSが仕事に集中できないというクラブグレースのオーナーからの指示だった。夜の街に自由を得たSは、以前にも増してお酒を飲み出した。仕事を終えてもうちに真っ直ぐ帰ってくることなどない。朝8時頃になると酔っ払って帰ってくる日々。お昼過ぎには目を覚まし、英会話に行く。平日、Sと私は、私が仕事に行く前のほんの30分ほどの会話しか交わさなかった。
この頃からだった。休日になっても、Sは飲みに行くようになった。『おかしい・・』
私の予感は的中した。
S「私一人暮らしする」
突然そんなことを言い出した。Sの地元近くのウィークリーマンションに部屋を借りるというのだ。ロサンゼルスの留学するために本格的に資金をためるために食事代も節約していたのに部屋を借りるなど普通じゃない!
私「一人暮らししなくても、ここにいればいいじゃない!私は早めに仕事に行くようにするからここで、一人で勉強すればいいじゃない。ねっ!一緒にお金を貯めてロサンゼルスに行こう!そうしよう!!」
その頃からSはうちに滅多に来なくなった。
「Sには男がいるよ」
落ち込んでやけ酒を飲む私に、バーテンが教えてくれた。
S「もう別れよう」
ついにその日が来た。あのロサンゼルスの日々は何だったの?!私が女だから?!別れる理由をSは私に告げなかった。家に帰るとSがいないかと願いながらドアを開け、家の留守電にSからのメッセージが入っていないかをチェックする日々。私の生活からSは足跡も残さずいなくなった。
天気のいい休日。私は時間があることを恨んでいた。仕事もないそんな日はSのことばかりを考えてしまう。『何がいけなかったの?』『私は何だったの?』『私が男だったらこんな風にはならなかったの?』返ってこない声を求めて私は眠りの国に行くしかなかった。
♪プルルル
電話がなった。お酒が入り朦朧として私は動けない。留守電に切り替わった電話の中からなぜかSの声がする。『これは夢?』Sが誰かと話している声がするのだ。
どうにか這い出して受話器を取って必死に話しかける。
「S!S!」
どうやら携帯電話からこの電話に間違って繋がったらしい。肩に掛けて持ち歩く高価な携帯電話から普通の人でも買える携帯電話にと普及し始めた頃だ。Sも私に別れ話を告げた頃から持ち始めたのだ。話しかけても気がつかない。Sは誰かと話している。
S「そうそう、私、別れたよ!アンティルと。」
男「そうか」
S「もう大丈夫だからね。」
男「ちゃんと別れられたのか?」
S「すごーい大変だったんだから。別れようっていっても納得してくれないし、電話してくるし、店の前でも待ってたりして。」
男「それは大変だったな。女と付き合うのは大変なんだなぁ。」
S「もう私、女はこりごり。やっぱり結婚したいし、子どももほしいし、ちゃんとしなきゃ。」
私「S!S!S~!!!!」
私の声はSには届かない。
男「でも俺、ちょっとその2人にまぎれたかったなぁ。はははは!」
2人「はははっは・・・・・・」
S「そいでさぁ、アンティルって・・・・」
聞きたくない話が流れ出す電話。受話器を切ってもなぜか切れない電話。私は地獄に突き落とされた。