Sは不機嫌に言葉を返す。「ただの客だし、営業行為じゃない」。しかし私が見たものは紛れもない“目でするセックス”だった。「あれは営業じゃない!」「もう違うって言ってるでしょう!」「だってあの雰囲気はいつもと違うじゃない!」酒の匂いで溢れる街は嫉妬する私を笑うようにSのカラダに酒を流し込んだ。もうそうなると喧嘩どころではない。喧嘩は無視され、Sは酒に酔いしれ、店の中で狂気乱舞大会を始める。カラオケに乾杯。周りのお客も巻き込んだパーティーナイト。
明け方前。Sは店を一人飛び出し大声で笑いながら街の中を駆けて行った。もちろん会計などする気もない。
Sには数々の酔いどれ伝説がある。
恐怖の新宿歌舞伎町ベンツ綱渡り事件。車体も窓も黒く光るベンツが通りに5台。それは誰が見てもその筋とわかる車だった。どこかの店で集会でもしているのか、数メートル先には運転手らしき強面がタバコを吸っていた。車の周辺は新宿に突如現れた超危険地帯だ。
そんな私たちが歌舞伎町に向かったのには、何のワケもない。
新宿二丁目の店を出て1キロ。酔っ払ったSをタクシーに乗せようと、ニワトリを捕まえようとする人のようにSを追いかけ回したなれの果てが歌舞伎町だった。酔っているくせに、足取り早く逃げ回るSは酔拳の達人のようだ。常に笑いながらSは移動を続ける。そんなSの姿を私はただただ探し続け、どこにいるかさえわからなかった。超危険地帯に入り込んだことにさえも気がついていなかったのだ。
超危険地帯まで、あと10歩。
Sは歩道から車道にゆらっと向きを変え歩き出した。車道に停まる5台の縦列駐車の山を歩くがごとく、平然と1台目の車のボンネットに登り、車の天井からリア部分へと、そしてさらに連なる車に向けて縦列駐車の坂道を歩き出した。私がSを車から降ろそうと必至に手を伸ばした瞬間、周りに見えていた人影が消えた。私の背後から2人。Sを車から降ろそうと3人。とんでもなく普通じゃない男たちが私たちに向かって走り出してきた。捕まえられた私とSは、鳥の足跡のように点々と続く、ピンヒールで出来た車体のへこみの前で、死の世界と向きあっていた。
「あんたたち何してんのよ。私、アンティルと家に帰るんだから邪魔しないでよ!」
歩き出そうとするS。Sはとにかく前に進みたいようだ。しかしSの腕を男たちがしっかり掴んでいる。私たちには何を言うでもなく男たちは黙ったまま電話をかけていた。5人から10人。10人から15人。怖い男達が増えていった。そしてその先に野次馬が広がっていた。そんな野次馬を見てか、やってきたパトカーが到着した頃、車の主がやってきた。「なんの騒ぎだ」舎弟たちはお辞儀をして男を出迎えた。
S「私がアンティルの家に帰ろうと歩いていたら、こいつらが私の手を掴んで、帰らせ てくれないのよ」
舎弟1「この傷どうしてくれるんじゃい!」
S「そんな傷のことで、がたがた言ってんじゃないわよ!アンティルに何かしたらただじゃおかないからね!」
私「・・・・・・」
男「おまえらいくつじゃ」
私「23歳です。・・・」
男「夜の仕事か」
私「この彼女が仕事終わりで、迎えにきたんです。家に帰る所です。この彼女が店で男
と○×▶=」(‘&%$####)
私は恐怖のテンションがMAXになり、今日あったことをその男に訴えた。
私「・・・私はこんな生活もう嫌なんです。この人と同じ家に住んで昼間に働いて、夜はちゃんと寝て、たまには旅行に行って、猫なんか飼ったりして、そんなまともな生活を送りたいんです!・・・・」
涙目に訴える私に男は答えた。
男「まっとうに生きろよ」
これが恐怖の新宿歌舞伎町ベンツ綱渡り事件だ。
男といちゃついていたことなど忘れ、私は恐怖の体験にカラダを振るわせた。夜の喧嘩はいつもSの酒で流されていった。私の心には、ただただ、Sへの不信感が降り積もっていった。