クラブ・グレース。毎晩、スーツ姿の男たちが騒ぎ決して“大人し”くはない女達が男たちからお金を出させる店。入店2週間後、新人Sはクラブ・グレースで頭角を現し始めた。豪快に酒を飲み、タバコを吹かしながらタメ口で男の客を接客する20大前半のSに男たちが群がったのだ。
午前1時。誰かを迎えに行き一緒に帰るという楽しみに私は浮かれていた。カウンターで飲みながら、後ろの円卓で男に囲まれるSの気配を感じながら閉店3時を待つ。それからご飯を食べ、家に帰ってセックス。そんな毎日だった。しかし、そんな生活が続いたのもほんの数日。入店当初、3時になるとせっせと客を追い出し、帰り支度を急いでいたSの様子が、変わった。
S入店2週間後、Sは閉店時間になっても客と乾杯を続けていた。
S入店3週間後、Sは閉店時間になってもべろべろに酔っ払い客とカラオケを歌っていた。
S入店4週間後、Sは私を置いて客と店から出て行った。
夜の仕事には、“同伴”“アフター”という言葉がある。同伴は店が始まる前から外で会い、そのまま店に連れてくるという行為で、“アフター”とは閉店後、客と飲みに行ったり、食事をしたりする行為であるが、Sは、ほぼ毎日アフターをするようになった。『仕事ならしょうがない。』そう自分に言い聞かせ、私は系列店のレズバーでSをを待つようになった。1時間後の深夜4時に戻ってくることもあれば、7時になるまで戻って来ないこともあった。私はただSを待つ。酒を飲んでSを待つ。「アンティル~ただいま~」ご機嫌に酔っ払ったSと家に帰る頃には、出社する人の群れが地下鉄の駅に向かって流れていた。服も化粧もそのままで眠り込むSの顔をメイク落としシートでなぞりながら服を脱がし、ようやく寝る時間を迎える。日々の暮らしが完全に回り始める午前9時。数時間後、目覚めたSと家でご飯を食べ会社に向かう。そんな毎日が日常になった頃、私は見てはいけないものを見ることになる。
店の情報はバーテンが電話で教えてくれた。「今日はアフターもなさそうだ」というので、たまには早く帰ろうと、帰り支度を始めたというクラブ・グレースにSを迎えにいった。エレベーターを降り店に入ると、グラスを磨くバーテンとS、そしてSの前に一人の男が座っていた。Sは男の横に座り男と見つめ合っている。私が店に入ってもその目は動かない。ハッとした顔で私を見たバーテンがSに向かって声をかけようとした時、その男はSの肩に手を回した。と同時にSは男の肩に髪を落とした。
そんな格好でも目を見つめたまま。月でも眺めるようにSは斜め上にある男の顔を見つめていた。私のカラダは硬直した。目の前の光景と受け入れまいと現実ではないと必死に思い込む。しかし、それはまぎれもない現実。でも声は出ない。『これは目でするセックスではないか!』そう思った瞬間、私のカラダがSに向かって動き出した。
「ここは我慢して。客だから。」
バーテンが私の腕を掴んでささやいた。私とSまでの距離2m。私はその場から逃げ出すこともできず、2人の目の絡み合いをただ見つめていた。
Sにこの店を紹介したことを始めて悔やんだ春の夜だった。