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友人に誘われて映画を見に行きました。
『チョコレート・ドーナツ』という邦題で、原題は『any day now』です。タイトルバックが出たときに、「いつかは今」と訳してしまって、あとで、「今すぐにでも」とか、「どんなときも」という正しい訳を知りました。
「いつかは今」だと、「someday is now」となるようで、まったく違いますが、映画を見終わったときには、すっかりそういうタイトルだと思い込んでいて、しかも、なるほど、と納得しかけていました。
映画は、1970年代のカリフォルニアで、隣に住んでいたダウン症の男の子をゲイのカップルが引き取って育てようとした実話を再現しています。

男の子の名前はマルコで、映画は、マルコが人形を抱いて夜の街を歩いているシーンから始まります。
それは後姿なので、性別や年齢はよくわかりませんでした。
最後に、またこのシーンが導入されて映画が終わるころには、なぜマルコが夜の街を歩いていたのか、その理由が判って、それどころか、怒りや悔しさや悲しさがごちゃ混ぜになって泣いていました。
ダウン症の男の子が深夜にさまようなんてことはあってはならない、と泣いているわけです。
そのあと脳内では、たとえ、この子がダウン症でなくても、女の子でも、夜中に子どもがさまよい歩いていてはいけない、と思って、映画にも出てくるワンシーンのように、そんな時間帯は、ふかふかのベッドにもぐりこんで枕元でお話を聞いていなくちゃいけないのよ、と続きます。

マルコの母親はシングルマザーで薬物依存症に罹っています。ゲイのカップルは偏見と差別に常にさらされています。途中でファンキーな髪型をした黒人男性の弁護士が味方についてくれます。マルコはダウン症です。
ああ、でも、やはり、彼がダウン症であることは、この物語から外せないポイントです。
私は以前、新宿二丁目で飲んでいたときに、カウンターに入っていた人が(そこは日替わりでした)、「ダウン症の子って可愛いよね! なんであんなに可愛いんだろう!」と発言したので、びっくりしたことがありました。
何に驚いたかというと、私は今まで、ダウン症の人たちに対して、可愛い、という表現を使ったことがなかったからです。
それは目が覚めるような瞬間でした。イメージとしては、北島マヤが水風船を顔面で受けて、しかも、なぜか風船は割れて、顔がびしょびしょに濡れて、それなのに、目を見開いたまま動きが止まっている、という場面が一番近いのですが(めんどくさいですね)、言葉で表現するなら、ブレイクスルーでいいと思います。

この人は「次」に行かれている! と思ったのでした(ステージか・・)。
それからは、すっかり、というか、ちゃっかり、私も「可愛い」と思うようになっていて、映画で見せるマルコの笑顔が愛しくて仕方がなく、「チョコレートドーナツ」はマルコの好物ですが、「エニイ デイ ナウ」は、どんなときも、愛しい存在は守らなくてはいけない、という意志だと思いました。

それなのに、なぜ、「いつかは今」と、よくわからない訳を思いついたのか。
ひさしぶりに会う友達に、私はもうひとつ、見てみたい映画の話をしていました。それは、「アクト・オブ・キリング」というタイトルで、1960年代のインドネシアで起きた大虐殺の加害者を取材した、というドキュメントです。
なにか、とても大変なことを、さらっと書いてしまって変な気分です。

加害者の彼らは虐殺の場面を嬉々として再現(アクト)するそうよ、と見てもいないのに友人に話しかけると、「わかるわ・・」と彼女はうなずくので驚きました。彼女が子どもだったころ、遠い親戚のおじさんに、宴会のせきで酔っ払うと「朝鮮人を」「何匹」「殺した」という話を「自慢げに」語りだす人がいて(書きたくなさすぎて括弧が増えます・・)、皆に嫌がられていた、という話を聞きました。
それで、私は鶴橋などで行われているヘイトスピーチの話をして、制服を着た中学生の女の子が「『鶴橋大虐殺』しますよ!」とトラメガで叫んでいる映像がyoutubeに出回っているのよ、という話をして、「マジ?」と友人が顔をしかめたところで、照明が落ちて、『チョコレート・ドーナツ』の上映が始まったのでした。

その直後にタイトルバックを見て、「いつかは今」とひらめいて、差別も大量殺人も、過去のことでも未来の出来事でもなく、今、起こっていることなのよ、という回路にはまってしまったのでした。
先日、書店に『恥韓論』(シンシアリー 著 扶桑社)という新書が入ってきて、並べるの嫌だわ、と並べていて、その後、鶴橋に行ったときに、駅前の書店で同じ本を見かけたら、平積みにされていましたが、手作りの白い帯がついていて、黒いマジックで「ちかん、ってひどくね?」と書かれていました。
振り向くとレジの中の人も棚詰めしている人も、いい年をしたおじさんで、思わずヤングの姿を探してしまいました。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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