「アンティルってクマに似てるね」
そう言われることは少なくない。時にそれはシロクマの写真だったり、何かのキャラクターだったり、動物園のツキノワグマだったり・・・。
先日もこんなことがあった。ヴォイテックという名の熊と私が生き写しのようだというのだ。ヴォイテックは第二次世界大戦時にポーランド軍の一員として
戦地を歩き、野営し、仲間とビールを交わしたシリアヒグマだ。子供の頃から兵士と共にテントで眠りプロレスをして遊んだりするそのクマは、敵を寄せ付けない大きなカラダで仲間を守り、そして疲れた兵士の変わりに重い砲弾を運んだという。
(左:兵士 右:ヴォイテック)
写真やフィルムの中のポーランド第2軍団第22弾薬補給中隊の兵隊、ヴォイテックは時に笑顔を見せ、仲間を愛する想いを表情で表現していた。
人間の兵隊たちもヴォイテックを信頼し、心を許す仲間として接したという。
人間と共に列に並び、重い木材のようなものを運ぶ姿はそんな関係を如実に表していた。そんなヴォイテックに私が似ているというのだ。クマに似ていると言われ続けて10年。珍しいことではない。長い胴体、ぷっくらとしたお腹、ぼってりとしたお尻に短く太い足、小さな目。その特徴は私の特徴そのものだ。
ヴォイテックと私が違う所は私が色白で、ヴォイテックがクロいということくらいだろう。と、書いているうちに私は気がついた。私とヴォイテックの一番の違いは“人間”と“クマ”であるということだ。しかしその違いを忘れてしまうほど私はヴォイテックであるのだ。今も生存する兵士たちは皆、「ヴォイテックは自分を人間だと思っていた」と語っている。本当にそうだったのだろうか?ヴォイテックはそこまでバカではなかったと私は思う。人間と違うカラダ、声を持ち、人間にはない能力を持つ“なにものか”であることを知りつつ、自分とは違うカラダや能力をもつ“何か”と、心を通わせていたのだろう。ヴォイテックは人間とプロレスをしても、けして傷つけることがない程の力で戯れていたのだという。人間に“クマ”と名付けられた生きものと、己を“人間”と呼ぶ生きものは、その違いを飛び越え心を共にした。人間と行進するヴォイテックに私は容易に自分の姿を重ねられる。“オンナ”と行進する“ワタシ”“オトコ”と行進する“ワタシ”。ポーランド第2軍団第22弾薬補給中隊の兵士たちがヴォイテックを“クマ”だとバカにしたり、恐れたりしなかったからヴォイテックは共に木材を運び、笑い合えたのだろう。目をつぶると私はヴォイテックになり、私が心を許す仲間達が兵士のように1本の木材を運んでる姿が目に浮かんでくる。
(写真:木材を運ぶヴォイテックと兵士)
しかし、その列の中で私はふとした瞬間に思うのだ。「私は誰?」それは急に自分の足下の地面だけがなくなり、宙を浮くようなそんな感覚に似ている。みんなは私を何者だと思っているのか?そんな私をどう思っているのか?そんな問いが私を浮かせ地面を奪う。しかし、私は共に笑い合える人の中では地面を求めない。空中遊泳を楽しむかのように数センチの無重力を少しの不安と共に楽しむ。私が“クマ”に戻る時。それは私の首に首輪をかけ、鞭をしならせ、“クマである私”に「おまえはクマだろう。なぜ人間と歩くのか!」と自分が“人間”であり“おまえと違う”と誇示する相手が登場した時だ。そしてそんな相手と出会うと、一緒に木材を運ぶ人間と自分の距離が気になってきてしまう。それは、私の前を行く人が、必要以上に距離を置いて歩いている時、それは私の後ろを行く人が、私の獣の匂いを気にするそぶりをした時。そんな時抱える木材に隠れていた鋭い爪が突き刺さる。そして私は孤独になる。
ヴォイテックの思い出を語る年老いた元兵士たちはみんな同じ表情をしていた。
惜しみない愛情を注ぎ、注がれた仲間をなくした悲しみと大切な思い出を思い出す喜びを感じる、心満ちた顔。“クマ”と“人間”という壁があったからこそ
両者はその中で自然に芽生えた“愛情”と“信頼”を特別なものにしたのかもしれない。
ヴォイテック。
シリアヒグマ、ポーランド第2軍団第22弾薬補給中隊、伍長。
アンティル
人間、性別って何?私は私、位はなし。
私が死んだ時、ヴォイテックを語る元兵士のような表情を浮かべてくれる人がいてくれることを心から望む2012年晩夏。
ちなみにヴォイテックの“伍長”という位は、ヒットラーと同じ階級だったそうだ。
(左:ヴォイテックを模った紋章 右:ヒットラー)