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「ウンコと呼ばれて」

茶屋ひろし2012.03.22

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キモイ、きたない、ヘンタイ、うざい、酒臭い、ウンコ、死ね。
毎日のように職場のポチに言われています。出勤したとたんポチに抱きつく私に、ポチは身をよじりながら、たいてい、この中から、ニ、三個を発します。
ウンコだけは・・、今まで他人に言われたことがなかったかもしれません。
「なんなんですか、もう」と嫌がるポチに、「好きなんです」と言うと、「嫌いです」と即答されるのも定番です。そのうち、私への悪口が始まります。
なまけもの、エゴイスト、金に目がない、人の足を引っ張る、悪だ悪!
その間に、ブスや短小といった言葉も挟み込まれます。
こうして言葉だけ並べると凄惨な様子ですが、それを言う時のポチは笑っていて、声を張り上げることもありません。総じてただのオッサン同士がじゃれているだけの光景です。
それにしてもよくそれだけ罵詈雑言が出てくるわね、と半ば呆れますが、どうしてポチはこんなに悪口を言うようになってしまったのだろう、と他人事のように関心を持ちます。
「子どものころに言われて嫌だったことを並べて私にぶつけているの?」と尋ねると、「こんなこと言われたことはないですよ」と否定しました。
「え、気持ち悪いって言われたことないの?」と驚きました。
私にとってポチが気持ち悪いわけではありません(むしろその逆です)。
なんだか、人として生きてきて他人から「気持ち悪い」と言われることくらいあるだろう、という認識から出た驚きでした。
「じゃあ、自分が言われたら嫌だな、とか、傷付いちゃうかも、とか思われる言葉をたくさん言っているの?」と訊くと、「そうです。嫌いですから」と簡潔にまとまりました。
じゃあ、ブスや短小はコンプレックスの裏返しでもあるのかしら、とこっそり思います。
そんな様子を間近で見させられている「姉さん」は、「茶屋ちゃんがかまいすぎるから、嫌がっているんじゃないの?」と初めはポチに同情していましたが、ここ最近では、「あれがポチの本性なのかしらね。だってあんなことを言ったり、人(茶屋)を叩いたりするような人じゃなかったもの」と分析するようになりました。もちろん、叩くといってもじゃれている範囲内で、それは痛くない手加減された「タッチ」のような行為です。
オーラちゃんは、「茶屋ちゃんがポチの人格を変えてしまったんじゃない?」と言います。「昔から静かで大人しい人だったし、今でも茶屋ちゃんが休みの日はそんな感じだよ。それが茶屋ちゃんの話をしただけで、『奴は悪です、ウンコです、嫌いです』ってそこだけ力強くなるよ」と笑いながら教えてくれます。「ウンコ、とか言うような人じゃなかったもん」
「そうよねぇ、ウンコだもんねぇ」と相槌を打ちます。
そうか、私のせいかもしれないわ、と思いました。チップさんのことも思い出しました。
私は相手の何かを大きくしてしまって、そのせいでその人が今までになかったような言動をするようになり、最終的に「それっておかしくない?」と私が言ってしまって、嫌われる・・、裏切りに近いようなことをしているのかもしれません。
チップさんは今も私を避けて、店に来ているようです。チップさんが心を許している相手はポチとオーラちゃんだけになりました。二人ともやさしいからね、と思います。そういえばチップさんとの顛末に、オーラちゃんには「茶屋ちゃんは男嫌いだから」とまとめられて、ポチには「ダイッキライになった、って言っていましたよ」ととても嬉しそうに報告されました。ポチから「茶屋は敵だ」と拒絶されるのもあながち間違いではないような気もします。
男が好きな男嫌い・・ややこしい、いびつで歪んでいる私かもしれません。
真っ当な人間になってください。心を入れ替えてください。しゃんとしてください。
というようなことも日々ポチから言われ続けています。
ごめんなさい。無理です。ご迷惑をおかけしてすみません。いつもありがとう。
とのらりくらりと交わしていたら、ひさしぶりに社長に叱られました。「最近、茶屋がだれている!」というメッセージです。
「十二時にオープンの店なのに一分前に出勤して、どうして十二時に開けることができるんですか! 忍者じゃあるまいし!」
深夜のうちにタイムカードをチェックされてしまいました。問題の出勤時刻の下に赤線が幾つか引かれています。
ふと現金な私は、三十分以下は切り捨てでお金にならないから、と屁理屈を思いつきましたが、さすがに口にするのは憚られました。これまで勤めたどんな職場でも、十分前に出勤するのは当然だと思っていたことを思い出しました。
ゲイバーのママが、「そうよ、それはお金にならない時間じゃなくて、お金には替えられない時間なのよ。そこで信用が生まれていくことがあるのだから」と変換してくれました。
「まあ、長く勤めているとだれてきたりするからね。ちゃんと叱ってくれて良かったじゃない、アンタ。社長に感謝しなさいよ」と普段から私のことを「ブス」呼ばわりするママの話を聞きながら、ポチはずっと「見たまま」の私を表現し続けているだけなのかもしれない、と思い当たりました。なんだ、けっきょくウンコでした。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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