「あなたは女? それとも男?」そう聞かれる度に、「私はアンティル!」と答えてきた。
性同一性しょう害がポピュラーな“しょう害”となり、“FTM”または“私はアンティル”という説明の仕方がもっともしっくりきている昨今だが、世の中には「私はアンティル!」では通じない局面がいろいろある。
たとえば銭湯。FTMやアンティルなんてカテゴリーはあるはずもなく、私はどちらに入るか選ばなければならない。それは大抵誰と入るかによって変化する。カノジョと入る時はヒゲをそって女風呂へ。そして一人の時は男風呂へ。太ったせいか「あの人男かしら?!」と、ヒソヒソ話しをされることもなくなりカノジョと一緒なら他人に迷惑をかけずに“おばさん”として入浴できるため、今の私には“選択”があるのだ。
男風呂になぜ入りたくないかと言えば、それはこのコラムでも以前に書いたが、男風呂というのは汚く、男の体が何十体もあるそのスペースが私にとっては落ち着かない場所だということがわかったからだ。男が嫌いなFTMは男風呂には入れない。性同一性しょう害手術をする一番の目的が“銭湯”と“プール”であったのにも関わらず、私は結局女風呂に戻ってしまった。しかし私はこの自由を手にしたことで銭湯ライフを満喫できているのだ。
先日私はカノジョと2丁目の新しいバーに行った。そこは女性限定というバーだ。私はこれまでのレズバーと同様、気軽に飲みに行くつもりで向かった。入り口では何も言われることなかったがカウンターでお酒を飲んでいると店長という人がやって来た。ツカツカ・・・そして犯人を捕まえる警官のように私をにらみつけながら話しかけててきた。
店「あのさっ。あなた誰?」
ア「あー今日初めてきたアンティルです。こんばんは。」
店「あのさ、何?そのヒゲ?」
ア「あーこれね、FTMなんで10年前に手術して生えてるんですよー」
店「あなたさぁ、女なの男なの?」
私はこの2丁目に一番合わない言葉を聞いてモゴモゴしてしまった。
ア「私はアンティルです」
店「ヒゲ生やしてんだからFTMだよね、じゃあ男だと思ってんでしょう?」
ア「FTMだけど、自分が“男”だとか“女”だと言い切れないですよ。だって そもそも100%“女”だとか100%“男”だとかなんだかわからないし。私は私とか言いようがありません。」
店長の語気が強くなる。
店「じゃあそのヒゲなんなの?手術もしてるよね?じゃあなんで手術してんの?別にしなくてもいいんじゃない?!」
ア「30になる前は、手術もホルモン注射をしないことで、自分は自分だ!というスタイルを貫こうと思っていた時もありましたけど、もう手術しちゃってもしなくても自分を見失うこともないんで、銭湯にもプールにも楽に入れて、バリバリ(胸を隠すためにつけてつぶすサポートグッズ)ともさよならしようかと思って・・・ 」
初めて会って怒りと敵意をあらわにする人を相手に、私は私の人生をみんなが聞いている状態で話さなければいけない状況になった。
店「でもさっ、あなた女じゃないでしょう?」
ア「あのさぁ、あなたさっきからいってるでしょう?じゃあ、あなたは自分をなんの疑いもなく完全な女だと言い切れるの?」
私も怒りモードになってきた。
店「ここさ、女しか入れないんだよ。ここ公共の場所なんだってことわかってる?」
ア「公共?・・・・」
“公共”という場所を聞いて、この店長がここまで怒っている原因の一部を理解した。自分が作った場所。自分が決めたルール。そこが決めたルールを守らないのはこの場所が公共の場所という意識がない、尊重していないという怒りなのではないかと。そう思った時、私の怒りはすーっと引いた。自分が尊重されていないと感じる時、それは誰もが嫌な思いをするものだ。
ア「この場所にあるポリシーを軽視したわけではありませんが、そう感じさせてしまったのならごめんなさい。今すぐここを出ます。」
店「・・・・・」
店を出た時、私は無性に泣きたくなった。この問答に納得したはずだけど。どうしようもなく涙が出る。“場所への敬意”が足りなかったことは今でも反省しているが、いろんな人が聞いている状態で「あなたはなんだ?男か女か?はっきりしろ」と言われるは私にとっては暴力だった。“女”という大きなカテゴリーに住み、レズビアンとして自分の居場所を作ろうと社会に訴えている人でさえも、性別=アンティルという世の中の一人しかいないマイノリティーの前ではマジョリティになる。FTMに対する嫌悪が体中からほとばしっていた。どちらが悪いかとかそういうことじゃなく、その傷がズキズキとカラダ中を走って涙腺を刺激する。男から言われるのならまだしも、“女”から言われるのはなんと辛い。
何日か涙が止まらなかった。私の自由はどこにあるのだろ。隠され、否定される時、私は魔法をかけられたような気分になる。地を這う軟体動物になって人間の顔を見上げる。その顔は私に悪夢のような笑顔を向けている。
それでも私はアンティルだ。私の自由は私の心の中にある。その自由はけして小さくないことを実感できた時、私は一人でも生きられるといつも思う。
あなたは女ですか?男ですか?それとも・・・・