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「すれちがいの生活 7」

茶屋ひろし2011.09.02

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ある日、いっしょに被災地の様子をテレビで見ていると、オーシマが「俺も被災者っすよね、盛岡(の刑務所)にいたから」と笑うので、「あんたはただの犯罪者だよ」と突っ込みました。
盛岡で相当揺れたと言う、地震のあった日の様子を聞くと、お腹が痛くなって二日ほどまともに食べられなかった、と言いました(ちなみに私は、翌日やけにセックスがしたくなりました。しませんでしたが)。
オーシマに何か食べさせようと、カレーも二回ほどつくりました。ずっとオーシマの話を聞いてくれていたバーのマスターは、「あんまり『お母さん』して居心地良くしてしまうと、出て行かなくなっちゃうんじゃない?」と心配してくれていました。
「大丈夫。カレーも思いついたらつくるくらいだし、部屋汚いし、私、いつも飲んで帰って酒臭いし、そのうち襲うかもしれない、って脅しているし、シラフの時は面と向かって、人と住むのは疲れるわ・・、って愚痴をこぼしているから!」
最低です。
襲うとまではいきませんでしたが、ひどく酔っ払って帰ったある夜、私は寝ていたオーシマの顔をべたべた触ったそうです。翌朝、起きるとオーシマはいなくて、お尻がやけに痛みます。どこかにぶつけたようです。階段から落ちたか、と思いましたが、出勤して酒がぬけていくうちに、もしかして、オーシマに手を出して蹴られたんじゃないか、という気がしてきました。記憶はありません。それでついに逃げたか、とまで思いました。
家に帰ってオーシマに昨夜のことをたずねると、蹴ってませんっ! と手をぶんぶん振って否定されて、その酔っ払いの様子を教えてくれました。
「ひろし君、にやにやしながら俺の顔を触ってくるんですよ、いやぁ、怖かったっす。俺、こうやって、隅っこのほうで布団かぶって固まってしまって、ていうか、ひろし君、帰る前に吐きました? なんか息がゲロくさかったっすよ。そんで、なかなか寝てくれなくて、参ったすよ。やっと寝たかな、と思ったら、服着たまんまじゃないっすか、ズボン脱がしたのは俺っすよ」
ああ、ひどい。
ごめんなさい、と謝りました。吐いてはいませんが、ゲロ臭かった・・、ああ、ひどい。
オーシマに対するエロは完全には消えていなかったようです。私は酔うと好きな男の顔を触る癖があるからです。
酔った私に被害を受けつつ、カレーも食べながら、一週間ほど働かない日々を続けた後、オーシマはネットカフェのバイトを決めてきました。すでに私は、無一文のオーシマに、毎日、千五百円を渡していました。
ひと月は働いてまとまった給料を手に入れようね、それまでは貸してあげるから、と、ノートにつけながら、なぜ新橋のネットカフェを選んだの、交通費とか考えないのかしら馬鹿、とは思っていました。
心では、早く出て行って、と思いながら、表面上は、ひと月の計画を一緒に立てていました。まだしばらくはこの生活が続くのか・・と、どこかで覚悟していました。
オーシマが働き出して五日を越えた月末の夜、私は大雨の中、帰りにスーパーによって、肉じゃがでもつくろうかしら、と野菜と肉をカゴに入れて、ああ、納豆と卵も切れていたんだ、ふりかけも買っとくか、とオーシマに食べさせるあれこれを買い込んで、家に帰りました。
鍵を開けると閉まりました。開いていた様子です。あれおかしいね、と暗い部屋に入りました。オーシマは深夜出勤なので、部屋にいないのはわかっています。電気をつけると机のうえに渡していた合鍵が置かれていました。
「家のカギ、忘れているよ」と、オーシマにそうメールを打って、私は缶ビールを飲みながら冷蔵庫に残っていた材料で焼きそばをつくり始めました。肉もオーシマのために半分残します。出来上がった焼きそばを食べながらテレビを見ていて、やっと気がつきました。
オーシマの服がなくなっている・・! あれ、出て行った? と見渡すと、ヘアスプレーにシェイバーにヘアアイロンにメイク用品もありません。最初に私物を入れて持ってきた紙袋には、ドクロの帽子とイチゴ飴が・・そして私があげた服がふたつと、今朝、ドンキホーテで買ってきたといって、私に見せた黒いキャミソールが未開封のまま入っていました。商品についている表面の写真には、女の子のモデルがそれを着て片足を上げて笑っています。
これは・・、もう戻ってこない、貸したお金も返ってこない、連絡もつかない、ないないない、と立ち上がって部屋をグルグル回ったあと、私は最後の会話を思い出していました。
ネットカフェの給料が月末締めの十日払いだから、この数日分の給料が入ったら、あとひと月の生活費はそこから念出して、もう一回、七月十日に次の分をもらうまでがんばろうか、というような会話が最後ではなくて、そのあと、「俺、今日、コレ、百円だったんで買っちゃいました」と、その黒いキャミソールを私に見せて、「ああ、オーシマが着たいの?」と訊くと、「着ないっすよ、こういうのが似合う子がいるんであげようかと思って」と言って、ウキャッ、と猿みたいに布団に転がったのが最後でした。
残されたキャミソールを手にとって、ほんとにどうでもいいものを残していって・・と脱力しました。それが置き土産で、「似合う子」は私だったのかしら・・、まさか。
あの小さな革のバッグには、入りきらなかっただけだと思われます。
それきり、オーシマに電話しようとは思いませんでした。
(長い話を最後まで読んでくださってありがとうございました)

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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