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No Women No Music 第5夜 ベイルートからの哀愁~ヤスミン・ハムダン

ほんま えつ2014.06.09

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遅まきながらジム・ジャームッシュ監督の「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライブ」を観てきた。80年代、ジム・ジャームッシュから受けた音楽の恩恵は計り知れない。不愛想なまでに媚びないモノクロ映像にヤクザな男2人と女1人の奇妙なズレを軽妙な会話とスタイリッシュなかっこよさで描いた「ストレンジャー・ザン・パラダイス」。VHSビデオで何度繰り返しみたことだろう。

その主演男優ジョン・ルーリーは弟のエヴァン・ルーリーと共にラウンジ・リザーズというフリージャズバンドのミュージシャンだった。「ストレンジャー~」のオープニングで流れるスクリーミン・ジェイ・ホーキンズ(髑髏の杖をもって叫ぶソウル・マン)やアーマ・トーマスという黒人女性シンガー(「ダウン・バイ・ロー」で流れる)を知りレコードを買い、来日公演に馳せ参じた日々。ジャームッシュ自身も「オンリー・ラヴァーズ~」で音楽を担ったジョゼフ・ヴァン・ヴィゼムと共にミュージシャンとしてアルバムを出している。

そんなジャームッシュ監督がリスペクトしてやまないというレバノンの都市ベイルート出身の女性ミュージシャン、ヤスミン・ハムダン。私がこの「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライブ」を観る前、もっとも楽しみにしていたのがこのヤスミン・ハムダンの登場シーンだったのだ。

昨年この映画公開にあわせるがごとくヤスミン・ハムダンの新作『YA NASS』の国内盤が発売された。腕にタトゥー、振り向き様になびく黒髪、物憂げに満ちた表情、しかしカメラを睨むかのような眼力の美しいアラブ女性のジャケットに惹かれ、映画を見るまでもなく彼女のCDを買い求めた。彼女の歌声はジャケットに写るそのイメージのままに哀しみがただよう。しかしその退廃のなかにゆるぎない芯があるものだった。

1975年内線が開始された翌年ヤスミンはベイルートに生まれた。90年代中頃にベイルートのアンダーグラウンド音楽シーンでSoap Killsという名のグループで活動。ヤスミンは母親が愛好するアラブ音楽の古典声楽を学びながらも、音楽的志向は当時イギリスのクラブシーンで人気を得ていたエレクトロニック・ポップ(マッシブ・アタックやポーティス・ヘッド)。メジャーシーンを席巻する浮かれたダンスミュージックに対して打ち込みやサンプリングを多用し抗うものだった。

Soap Killsの曲でヤスミンが男の言葉で歌ったものが、湾岸諸国のスポンサーへの配慮のために放送禁止になったこともあるという。2007年4枚目のアルバムを出したSoap Killsは欧州ツアーにでたのを機に、ヤスミンはベイルートに未来はないといいフランスに残り、マドンナの『ミュージック』を手掛けたアフガン系プロデューサー、ミルウェイズと出会いY.A.Sを結成。めちゃくちゃかっこいいエレクトロ・ポップだったが世界的なヒットまでは届かなかった。その後フランスのエレ・ポップのプロデューサー、マルク・コランと出会い満を期して出された初ソロ・アルバムがこの『YA NASS』である。

洗練された打ち込みのビートとアラブ音楽の絡み合うエキゾチックなポップ・サウンドは、聞く度に濃厚な味わいとなり麻薬のよう。全曲がアラビア語で歌われているが、アルバムには曲の大意が英語とフランス語で(国内盤では日本語訳も)ついており、その内容は現在や過去そして未来の愛を思い求める女性の揺らいだ心模様を描いたものと、故郷のベイルートに思いを馳せたもの。曲作りもヤスミン自身が携わるものがほとんどだが、なかでも印象的な「ベイルート」「バラ・タンタナット」の2曲は1940年代レバノンの作詞家オマル・エル・ゼンニによる詞(ことば)である。

〈繰り返される美辞麗句を断ち切ろう 一日おきに新しい政党が生まれる 大袈裟に騒ぎ立てたり、人心をかき乱すのはやめて 見かけ倒しなお前の時代はもう終わったのだから〉
~「バラ・タンタナット」アルバムの日本語訳より

前出の映画「オンリー・ラヴァーズ~」で歌われる「ハル」はこの映画のためにヤスミンが書き下ろしたものだ。映画では後半、何世紀もの時を超え離れて暮らす吸血鬼の恋人同志アダムとイブが、タンジールで血を求めて彷徨うなか、とあるカフェで歌う女性歌手として実名で登場する。プロモーション・ビデオでのアーティスティックなヤスミンのイメージよりはるかに肉感的でエモーショナルなヤスミンの演奏姿がそこにあった。

映画の舞台となるアダムが住むデトロイト、イブが住むタンジール、そしてヤスミンが生まれかつては中東のパリと呼ばれながらも内戦で荒廃したベイルート。かつては華々しい都市として栄えながらも時代の波に翻弄され退廃した三つの都市が、俗から逃れ21世紀を生き続ける吸血鬼の哀しさと交差する。





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ほんま えつ

ほんま えつ(ほんま・えつ)

音楽、映画、本をこよなく愛して生きる趣味人女。
小学5年生のとき同級生の友達宅で聴かせてもらった「クィーン」に感動。
以後、洋楽を貪り始める。初めて買ったLPレコードは「アバ」のベスト盤。
いまではこれぞと思った音楽はジャンルを超えてなんでもござれの雑食派。
本連載、約10年ぶりのカムバックです。

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