会社員生活1日目が本格的に始まった。同期とのランチを済ませ、私は自分の机に向かった。あらためて見る社内。社員のいるスペースは20畳くらいだ。私の横には5つ上のオトコの上司が、そして私の前には10歳ほど離れたオトコのプロデュサーが座っている。
『視界の中にオトコが2人もいる・・・』
父親以外とこんなに長く同じ空間に座っているのは小学校の卒業式ぶりではないだろうか? 席に座って1時間。そんなことを考えながら原稿用紙に向かっていた。1日目は企画書を作るという課題を与えられた。つい数日まで電気器具を運び、夜はオナニーに明け暮れる生活をしている私が企画書を書くなど、想像さえしなかった現実だ。何でもいいからやりたいことを書くように言われ、頭を回転させてみるが、“想像する”という作業をすると反射的にセックスのことばかりが浮かぶ。これも長年培われた空想とオナニーの共同作業の産物か? 入社1日目で、過激に攻めるわけにもいかず、大人しい想像物を原稿用紙に埋め込んだ。
「明日からは各担当の現場に見学に行ってもらう。」
会社員1日目が終わった。
「はい、名刺」
生まれて初めて持つ自分の名刺。名前には○子と本名が入っている。普段、お店のファミリカードやどこかに泊まるときには、男女どちらでも使いそうな名前を使っていた私には、本名が印刷された四角い紙は、社会と向き合っていかなければならない現実を思い知り、身を構えさせるものだった。
“私はこういうものです”
男物の服や靴を履く私が、○子という名刺を差し出し、名乗ることは大きな試練に他ならなかった。しかも、その会社での仕事は、社内にいるより他社に出向き、外部の人と会うことの方が多い。これからは大勢の人と会い、自分の生き方を知られた上で、関係を築いていかなければならい・・・・。
さぁいよいよ名刺を持って、上司Pの現場に出向く時間がきた。上司Pが週のほとんど仕事しているその会社には、夜だというのに大勢の人が仕事をしていた。
上司P「○○さん!うちの新入社員紹介します。」
○ ○「そうか、新人社員入れたのか。」
上司P「昨日入ったばかりなんですよ。ほら名刺出しな。」
アンティル「はじめまして。こういうものです。」
こういうものだと言って出した名刺は自分が女子であることが示されてある。
○ ○「へぇ~えっ えっ! えっ!! 英子(仮名)」
アンティル「・・・・・」
○ ○「オンナの人なの?!・・・・へぇー!!・・・あっそう!!!」
やはりこの反応かと私は身を固くする。全身をチェックする視線が容赦なく私のカラダに降り注ぐ。笑い返すこともできず、今までのように睨み返すわけにもいかない私は、両足で地面を必死につかむ。なかにはこんな人もいた。
アンティル「はじめまして。こういうものです。」
○ ○「えっ!えいシ?えいし?ヒデシ?」
この日だけでこんなやりとりを10人以上はすることになった。
会社員となり、そのことを実感させてくれる名刺は、新入社員には本来ならば持っているだけでうれしいものなのかもしれない。でも私には見たくもないものであり、隠したいものであった。それをすすんで10枚も撒いた後、私に残ったのは意外にも強さだった。
『こんなものに負けはしない!』
人影のない給湯室で私は名刺を睨みつけた。