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「セーフティネット」

茶屋ひろし2010.12.16

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中島みゆきのコンサートに行く予定でした。ニューアルバムも買って、職場のビデオ屋で何度か流して、ふんふん、もうほとんど歌えるわ、なんて思っていました。長年みゆきを聴き続けて来たせいか、新しい歌が届いても、曲調を把握するのにあまり時間がかかりません。みゆき節が体に染み付いているようで、それが心地よくもあります。
「夜会」には一昨年に初めて行きましたが、コンサートは十何年振りです。数年前にみゆきのファンになった女友達が、チケットを取ってくれました。そのNちゃんは学生時代からの付き合いで、大学を卒業してからずっと東京に住んでいます。五年前に私が上京したとき、部屋がみつかるまで居候をさせてもらいました。そのあとも、ときどき電話で話したり、一、二ヶ月に一度の割合で会って食事やカラオケをしたりします。
「他では歌えないから」と、カラオケでは中島みゆき(2000年以降の歌)ばかり歌います。人前で歌うときの緊張に加えて、体面を保ってしまう癖があって、つい細く高い声になりがちだったN ちゃんに、私は「もっと地声で、投げやりに!」と発破をかけ続けてきました(「地上の星」とか・・)。カラオケは、上手く歌えるかどうかよりも、いかに楽しんで歌えてスッキリするかどうか、ということもあります。
その辺に関しては、カラオケ嫌いの職場のオーラちゃんとたまに口論になります。
「そんなの一人でやってくれ、と思う」というようなことを、例えばオーラちゃんは言って、「うん、そうね。一人カラオケもいいけれど、観客がいると気持ちよさが倍増するの」と私が返すと、「誰も聴いちゃいないでしょう」と冷たくて、「それでもいいのよ、みんな独りよがりなんだから。あ、でも私は、酔ってなければ人の歌っている歌詞を目で追うことくらいはするわよ」と、私はよくわからない弁解をすることになります。
そして、「でも僕は、わざわざ下手な歌を聞きたいとは思わないな」とまとめられて、「ぐぅ・・(もう言い返せない)」という感じで終わります。
カラオケは、カラオケを好きな人と楽しむのが一番いいようです。ときどき酔った私は歌わない人にマイクを薦めてしまいますが、そんなときは「カラハラはやめなさい」とゲイバーのマスターに叱られています。
ともあれ、N ちゃんとのみゆきカラオケが続いたのち、N ちゃんはみゆきのファンクラブに入り、「夜会」やコンサートのチケットを取っては私を誘ってくれるようになりました。それはそれで有り難い話で、先月のコンサートも楽しみにしていました。ところが、私が前日に入院する羽目になってしまいました。
今年は夏あたりから扁桃腺をこじらせては医者にかかっていましたが、今回も喉が痛くなって、いつものことだと近所の耳鼻科に行こうとしましたが祭日休みで、翌日朝一番で診察を受けると、「入院したほうがいいです。思っているより悪い状態です」と診断されて、その日のうちに、紹介してもらった総合病院の大部屋に辿り着きました。
いつもの扁桃腺はもとより、その周辺や喉の奥まで炎症が広がっているということで、唾を飲み込むのが痛いどころか、なにもしていなくてもギリギリと痛く、思うように喋れないと思っていたら、口もほとんど開かなくなっていました。医者にこじあけられて細いチューブのカメラから送られてきた映像では、もはや喉仏は見えず、いくつかの赤い塊で口の中が覆われている有様でした。
「ネズミの恩返しだー」と、あのチョコレートの袋で窒息しかかっていたネズミを思い出しました。喉の痛みに辟易しながらも、実は私は「入院」と聞いて、ちょっと嬉しく思っていたのです。考えてみれば、生まれて初めてで、してみたかったことでもあり、堂々と数日間仕事を休めることも魅力的でした。そんな初体験と休息が、苦痛と共にやってきたところが、小動物の限界っぽいな、と思いました。
点滴をふた袋同時にセットされたあと、N ちゃんに明日のコンサートのドタキャンメールを送りました。入院する前に一度家に帰り、着替えを詰めたバッグと一緒に、コンサートのチケットも病院に持って来ていました。誰か替わりに行ける人がいたら、と手渡すつもりでした。仕事帰りに様子を見に来てくれたN ちゃんは、チケットを受け取って、「なんでも言ってね。出来ることはするから」と言ってくれました。職場のオーラちゃんも電話口でそう言ってくれました。後日談で知った友達もそう言ってくれて・・、今回は一人でなんとかなりましたが、それでもそう言ってくれる人たちがいてしあわせものだな、と思いました。
打ち続けた点滴のおかげか、三日目の深夜にふと痛みが和らいで楽になって、四日目の朝に、明日退院できます、と告げられました。
最終日にも来てくれたN ちゃんは、みゆきのコンサートの話をしてくれたあと、「この先結婚しないかもしれない私たち」の問題について触れました。
ちょうど読んだばかりの内田樹さんのブログに、「なぜ結婚して家族を持つというシステムが必要とされるかというと、元気なときではなく弱っているときのセーフティネットとして機能するからだ、云々」というようなことが書いてあったことを思い出しました。
それを読んで、ああたしかに・・、なんて親兄弟の顔を思い浮かべながら、でも結婚しない選択をした人にも、結婚したけれど家族離散になった人にも機能するような、第三者のネットワークも必要なんじゃないかしら、と思いました。人付き合いが不得手な人にも、とも思います。一人単位で安心だと家族でも安心、というか、先に家族単位ありきではないシステムはつくれないものか国家、それでも家族の機能にこだわるなら生殖をはずして、同性婚の認可はもとより、友人婚に師弟婚、「ご近所だから」婚、なんてことも出来たらいいのに、と思いました。別れるときは、絶交や破門や引越しではなく「離婚」になるとか・・。
実家の母親に入院したことを電話で報告すると、「あんた、もう、酒もタバコもやめ。あと、カラオケも当分したらあかんで。喉使うやろ」と禁止命令を受けました。
そんな、カラオケまで・・! しかもその三つは私の三大嗜好じゃない。やはりこの人とは一緒に暮らせない・・、と思いました。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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