目玉親父のTシャツを着たままのタマちゃんが帰った翌月、今度は小学校の時の同級生のミケ子が、一歳半の娘を連れて、新宿に遊びに来ました。
私が仕事を休めないので、仕事前の午前中か、仕事が終わってからか、どちらがいい? と電話で聞くと、どちらも会う、と答えました。
娘に会って欲しいし、娘抜きでも会いたい、とのことです。
いいでしょう、と引き受けました。
その時の電話で、「ところで茶屋は新宿で何してるの?」と聞かれて、二丁目で働いていることを伝えると、「え・・、びっくりした」という反応でした。
そうよね、びっくりするよね、としばらくして思いました。同じ地元の言葉で話していてなんだか姉と話しているような気分だったことと、二丁目から電話していたことが重なったせいか、二丁目のビデオ屋で働いていることが私にはあまりにも日常のことだったので、ゲイとそのアダルトビデオが日常生活にない人の驚きが想像できなくて、なんだか間が抜けてしまいました。
午前中のアルタの前に、黒いベビーカーを押しながら現れたミケ子は、黒い手袋と日傘を差してマダムのようでした。日傘の付け根はクルクルっと左肩に巻きついています。片手運転をしないために自転車のハンドルに傘をさせるように開発された「さすべえ」を思い出させます。「ああ、これ? 便利なんよ」と言うミケ子の日常に私は驚きました。
喫茶店に入りました。一歳半の子どもは可愛くて、ずっと見ていても飽きません。
ミケ子の近況を聞き、他の同級生たちの現在を聞きます。誰と誰が結婚した、その中の一人が最近和食の店を始めた、堀江君は学校の先生をしている・・。堀江君! と反応しました。
私が教室で金魚を飼いたいと提案した時に、なぜか大反対を受けて、くやしくて挙げた手を下ろさなかった私に、しばらくして一人だけ賛成してくれた堀江君、「ここまで一人で粘っているのには、なにかあると思って」と応援してくれました。金魚を飼うことにたいした理由なんてありませんでした。思いつきが通らなくて意固地になっていただけです。
「堀江君・・色が黒くてやせていてね」「そうそう、ちょっといじめられていたよね・・」
ひっきりなしに動いている子どもに視線を奪われながら、なぜか二人とも、かつての堀江君に対して上から目線の会話です。
「彼女はいるの?」と聞かれました。「あれ、言ってなかったっけ。ゲイだから、いるとしたら彼氏だよ」と答えると、ミケ子は「ああ、そうか」と笑いました。日常にないことはインプットされにくいようです。「じゃあ、結婚できないんだ」と言われて、「そ、そうね」と言葉に詰まりました。なんとなく子どもに接しているうちに、私も子育てしてみたいな、と軽く思っていたので、不意打ちでした。この場合、結婚よりも、子どもがいないことのほうに、比重があるように思いました。
夜には、ミケ子が連絡を取り続けている、東京に住んでいるもう一人の同級生と一緒に会うことになりました。彼も最近結婚して同じ年頃の娘がいるそうです。
ゲイバーではなく、適当に店を選びました。
彼とは二十年ぶりの再会です。名前はブルにしておきます。私がゲイだと聞いたブルちゃんは、しみじみと「35歳になってこうして同級生と会うと、ほんとに様々な道を歩んでいるよね」と語りました。私にはミケ子とブルちゃんは同じ道を歩んでいるように見えます。
娘が可愛くてi-Phone で毎日娘の写真と動画をとっているブルちゃんに、「そっちは熱はよく出るほう?」と自分の子育てに不安を持っているミケ子。
やっぱり、話が広がるのは子ども方面で、私はなかなか入れません。
しばらくして、私がゲイだと言ったところで二人にとっては日常会話ですることのない話題なので、返しようがないのだと、気がつきました。
疎外感を持ってしまった私は、ビールを飲みながらふてくされてしまいました。顔には出せないので、それがまた淋しい気持ちです。
けっきょく、ブルちゃんの「昔は自分が一番だったけど、今は子どもが一番だもんな」という話と、ミケ子の「あの子がちゃんと元気で育ってくれるかと思うと、不安で時々夜中に飛び起きる」という話に押されて、私も子育てしてみたい、子どもを産んでみたい!と脳内が飛躍して、それも言葉に出来ないまま終りました。
私の働いているビデオ屋には、毎日のようにゲイではない人たちが、冷やかしで入ってきます。「気持ち悪い」と商品を指差してはしゃぐ迷惑な人も多いのですが、そのとき、店内にいるゲイのお客さんの数が迷惑な人たちより多い場合は、迷惑行為が起こりにくいという現象があります。はしゃいで入ってきたとしても、人数に圧倒されて黙ってしまい、十秒足らずで退散していくのです。店員の私が注意を促すまでもありません。
タマ、ミケ、ブルと再会して、カミングアウトがとりたてて会話をつくることにならなかったことを報告すると、職場のオーラちゃんは、「そりゃ、そうだ」とうなずきました。オーラちゃんはそんなことより、今の結婚相手と彼らがどうやって出会ったのかに興味を示しました。
タマちゃんは友人の結婚式で、結婚した友人の友人と。ブルちゃんはお見合いで。ミケ子は四年間口説いて、ふられ続けた相手と。
「そのミケ子の話をもっと詳しく!」とリクエストを受けます。
「この人しかいない、とアタックし続けたんだけどダメで、もういいや諦めよう、という気持ちになったのが四年目で、それを相手に告げたら、『ちょっと待ってよ』と引きが来たそうです」
「ストーカー体質には希望の持てる話だね」
そうね、とうなずきながら、そういえば、そのあたりの話では大いに私も会話に参加していたわ、と思い出しました。