「ピンク映画館とはどういう所か?」と男性に訊ねると、たいてい「男性が男性を痴漢する危険な場所」と忌まわしい思い出に怯えながら返答される。一度、新宿駅南口にある古いピンク映画館行ってみたことがある。色気のない河童系ルックスの私でも、女というだけで目立つので四方八方からのおやじ達の熱い視線で体中をなでまわされ、入館した瞬間に帰りたくなった。薄暗くジットリした館内、休憩中には爆音で流れる演歌。客席のおじいちゃん達がアンドーナツ片手に大画面のおっぱいを眺めている。風情がありすぎてとてもじゃないけど女が気軽に行ける場所じゃない。
そういったネガティブイメージを打開しようと、上野の老舗ピンク映画館が「女性客も通いやすいピンク映画専門館」をオープンした。記念イベントとして「女性限定上映会」が開催されるという。最近はミニシアターでピンク映画特集が組まれることもあって、ピンク映画が好きという女性が増えていると耳にするが、本当だろうか?
公式サイトを見ると「『ミニシアターを女性客で満席にしてしまう監督』と『ピュアで切ない女性心理を描く監督』両者の最新作2本立て、最高のチョイスが出来たと思います」と自信がみなぎりまくる記述が。
「新築のきれいな映画館で、女性だけで、ピンク映画を観ましょう!!」
安心して観ることに集中できそう。期待が高まる。
当日、確かにクリーンなイメージの建物に好感を持った。イベント料金は500円。既に1階は満席ということで、2階にある別の小さい劇場(30席程度)に案内された。映画が始まる直前の暗闇の中、前のほうの席に座ると、飛行機のビジネスクラスみたいなゆったりしたシートに驚く。
これはいい! とゴキゲンで映画が始まり、いよいよ濡れ場に…。すると、客席後方から男性の野太い咳払いがした。エッ?! 客席に男がいる? その後、濡れ場になる度にゴホン、グホンと咳き込む男が一人どころじゃなくて何人かいる。ギャグシーンではアハハ! と遠慮なく笑い声をあげる男たち。劇場スタッフの男性とかじゃなくて純粋に楽しんでいるご様子。「女性限定」じゃなかったの? なにこれ?
それと別に驚いたのは、2本立ての作品の最後のオチが両方とも「主人公が妊娠してハッピーエンド」だったこと。どちらの主人公も、劇中に赤ん坊を望んでいる描写はなかった。なのに最後は大きなおなかをさすって「やっとしあわせになれたよ、アタシ」的な言動をしていた。「好きな男の子供を妊娠したら女はとりあえず幸せ」という方程式が「人は必ず死ぬ」と同じくらい生理的に絶対的前提とされた映画だった。呆気にとられたまま、一本目が終わり、2本目も全く同じ結末だったのである。女性限定の観客に向けてこの2本立てを流すってどんだけチャレンジャーなんだ、と思った。
劇場で働いている、この上映会を企画したのであろうスタッフは男だけでなく女もいた。そもそも、男のための文化を女向けに展開しようとする事自体に無理があるのだろうか。男用のごっついヒゲ剃りシェーバーに無理矢理ファーをつけて「女性向け」として売るような無理が。ファーが邪魔で逆に使いづらいみたいな。
数年前、“女性が感じるための”加藤鷹のささやきCDが大手レコード会社から発売された。名曲クラシックと共に、加藤鷹の愛のウィスパーボイス(「あなたの笑顔と優しさが心の支えだよ…」「もっとあなたのことが知りたい…」等)が流れる。そのレコード会社の女性社員に熱烈な加藤鷹ファンがいて、その人自身が加藤鷹にささやいてほしいセリフを収録したという。聴けば女なら誰もが濡れてしまう商品、ということになっていたが、聞いてみると加藤鷹の声に覇気がないことのほうが気になった。元気のない加藤鷹に「離さない…そばにいて…お願いだ…」とささやかれても、風邪気味で誰かに看病してもらいたがってる加藤鷹の姿が浮かぶだけだった。おもしろCDであることに間違い無いが、濡れない。この女性限定ピンク上映会も、そういった「社内の女の意見を最大に活かし、そこに男性の持つ『オンナってこういうもんでしょ』を足した」感がとても強かった。
映画が終わり、明るくなった会場を見ると、座っているうちの半数が男性だった。映画に出ていた男優やスタッフ証をつけた人たちで、身内感バリバリ具合に更に気持ちが冷めた。2階は関係者席だったのだろうか、だとしてもやはり女性限定にして欲しかった。確かにファンはたくさんいるようで、1階の130席は女性で満席だった。上映後の女優さんのトークショーでは、隣の席の女の子たちがキャーキャー言っていて宝塚っぽいノリ。やはり一般の女がピンク映画を気軽に観る時代というのは、まだまだ先だと感じた。