お久しぶりです。アンティルです。最近、自分のことを書こうとすると、すごく辛いのです。なので、北原さんにさんざん「早く原稿書いて」とか「もう、アンティル、中止ね!」とかすごく怒られながらも書けませんでした。久しぶりに書いたエッセーは、Tのことじゃなくて、体のことです。楽しみに読んで下さっているみなさん、あと、「本当にあった笑える話PINKY」を読んで下さってるみなさん、ゴメンナサイ。
さんざんの週末だった。尾骨が欠けた。普段意識することがない尾骨だが、痛めてみるとそのありがたみを感じざるをえない。座る時、私の上半身を支えてくれていた尾骨。歩くとき、左右のバランスを取る役目をしてくれていた尾骨。その一部がかけた。痛い。歩くたびに痛みが走る。
風邪気味だった私はカラダ温めようと、友人3人とスーパー銭湯に行った。スーパー銭湯の入り口には長蛇の列ができ、食堂では頼んだものが出来上がるまで40分かかるという混雑ぶりだった。いくつもの温泉があるそのスーパー銭湯で、まず最初に向かったのは、足湯のコーナーだった。カップルも多く、いちゃいちゃした2人が等間隔に座って足を温めている。私たちはそんなカップルを横目に夜風に吹かれながら“ドクターフィッシュ”と書かれたコーナーを目指した。
人間の足の垢を食べてくれるというドクターフィッシュ。みなさんはご存じだろうか?7センチ位の黒い魚で好物が人間の皮らしい。私はかかとの角質などというものに何のケアもしてこなかったが、このところみょうにこの“かかとの垢”が気になっていた。
垢がたまり過ぎて、なんだか歩きずらい感じがしていたのだ。嘘だと思う方もいるかもしれないが、人間のカラダにとって1ミリ前後の違いだって大きいのだ。意外にわかるものだと思う。いざ!ドクターフィッシュコーナー。温泉の中で何百匹もドクターフィッシュが泳いでいる。
両足をお湯につけた。その途端、私の足を目掛けて魚達が四方八方から集まってきた。「すごいね~」と言っていられたのは初めの数秒。魚の数は倍々に増え、私の足が見えなくなるほど、魚達が私の足を囲んだ。隣に座っていた見知らぬ人たちが、私の足を見て笑っている。ちょっと恥ずかしい。魚の小さな口が垢を食べる時、ビリビリと電気を当てられているような感覚になる。魚達の表情は見えなかったが、かなりの喜んでいたと思う。
15分経過。魚の数が徐々に減り、終了時間となった。どれだけツルツルになっているもんかと、かかとを確認する。まだちょっとザラザラしていた。ちょっとショック。期待を裏切られ、しょんぼりしながら私は普通のお風呂に向かった。
大小様々な温泉がある大浴場。一人ずつ区切られた洗い場に、“ピカピカ角質取り”というものがあった。欲求不満の私はすかさずそれを取り、かかとを削るようにそれを動かし、角質をそぎ落とし、ツルツルなかかとを手にした。
『よしOK』
魚のやり残した仕事を、完璧に片付けた。達成感で胸がいっぱいになった。
久し振りの温泉。綺麗なかかと。ウキウキとした気分で先に湯船につかっていた友人のもとへ向かった。大理石らしきものでできている湯船。湯船の中にある段差に右足をかけ左足をつけようとした時、ツルン ジャボン!
次の瞬間、私は足をすべらし、湯船の淵に背中をしこたまぶつけ、溺れるように温泉に身を投げてしまった。透きとおった温泉の中には友人2人の温まった足
『あ~あ、私は温泉の中にいる』
そう思った時、カラダに激痛が走った。
歩けないほど痛い。痛さのあまり吐き気がする。尋常ではない痛みだ。友人の一人は笑い、もう一人は心配顔で必死に私のカラダを支えてくれる。
この時、私は尾骨の一部を永遠になくした。
『ドクターフィッシュめ。』
脱衣所の長椅子に横たわりながら、怒りと切なさで胸がいっぱいになる。
全治3週間。この怪我は何の手当てもできないそうだ。かけて体内のどこかに消えてしまった尾骨の一部は帰ってこない。そうだ、このカラダに不必要なものなどない。かかとの角質は安全に大地を歩くための滑り止めだったのだ。
私の人生40年。自分のカラダとはいえ、まだまだ知らないことがあることに気がついた春。あ~あ、尾骨が痛い。