久しぶりの更新。
10月の最後の更新から4か月。私はいろんなピンチに遭っていた。
11月。私は財布を失くした。生命線である2枚のクレジットカードの再発行まで3週間。その間私は残されたほんの少しの現金で2週間以上暮らさなければならなくなった。給料日までの所持金残金、122円。銀行口座には私がおろせるお金はない。街を歩いていていると銀行がまぶしく見える。UFJの赤い看板。みずほ銀行の青い文字。ATMでお金をおろす人々が私にはまぶしい。私はガラス越しにせわしなくお金をおろす人々の姿をぼんやりと見つめる。
『あ~おなかがすいた・・・』
お金がないとはいっても食べないわけにはいかない。基本は1日1食。冷蔵庫にあった食糧はみるみる減っていく。飲み物は基本水。たまに塩を入れたり砂糖を入れたりして工夫をしてはみるものの、やはり水は水だ。何の楽しみもない。水で胃が浸されるたびに私は水しか飲みこむことのできない貧しさを体中に感じていた。
しかし、一番の問題は冷蔵庫のものを食べつくしたあとの食事だった。
残ったものはお米と調味料。そこで私はスーパーに行き、黙って“ある”ものを取ってくることに成功した。それは“牛脂”だ。小さな袋に入ったすきやき用の牛脂を2,3個ポケットに入れて私は試食を繰り返しながらにスーパーを後にした。
今日の食糧ゲット!軽く狩人気分だ。ごはんを炊きフライパンに牛脂を入れる。
長く焼きすぎると跡形もなく溶けてしまう牛脂を、慎重に丁寧に焼き、長い間とんかつにつけられることのなかったとんかつソースを垂らす。そう、なんちゃってステーキの出来上がりだ。牛脂といえ、うしはうし。サイコロステーキだ。
私は久々のお肉に満足していた。この時ほど、牛を近く感じたことがない。私の胃を満たしてくれる牛の恵み。フォークとナイフで食べれば目も満足だ。
そんなことを続けていたある日、私はもう牛脂を見たくないほど胃が油でやられてしまった。あと5日。所持金23円。道を歩けな自動販売機のお釣りの小窓が気になる。
家にいれば、どこかにお金が落ちていないかと隙間をのぞく。そんな時、夏物の服のポケットをあさっていたら500円玉が出てきた!これで生きていける。
私は500円玉を握りしめ歓喜した。
1月。私はアメリカにいた。冬のアメリカ。牛の本場だ。しかし人間は愚かなものだ。あの辛い11月の日々を忘れ、ハンバーガーを残しホームレスの人々の横を通りすぎていく私。今月は給料日まで2週間で2万円もある幸福をすっかり忘れかけていた夜、私は部屋で後頭部を強打した。意識が薄れる中、誰かがを呼んでいる。
「アンティルさん アンティルさん!」
外国人が私の名前を呼んでいる。
「手を動かしてみて!」
パートナーが外国人の言葉を訳して私に手や足を動かせと言っている。
どんどん視界が広がっていく。私を上からのぞく人達が大勢いることにその時はじめて気がついた。1人、2人、3人、4人、5人・・・
ぼーっとしているうちに私は救急車にのっていた。
『私が911に乗っている・・・』
何だか不思議な気分だ。まさか自分が海外で救急車に乗るとは・・・
おや?サイレンが鳴ってないな?あれなんだか指の先に針を刺されたぞ。このカラダ中にはられた丸いシールは何だ?そうこうしているうちに私は病院に運ばれた。
頭が動かないように固められた私のカラダが、異国の救急病棟のベットに横たわる。
病院では流行りの歌が流れている。テレビではアメフトが流れている。隣ではヤク中の男が「ファック!ファック!」言っている。なぜ私がここにいるんだろう。そう考えているうちに私は紙製の寝巻を着せられ検査室に連れて行かれた。
ひとまず帰宅ということになり、お会計をする部屋に行き、なんやかんやと説明を受けた。もちろん何もわからない。英語が話せるパートナーがうんうん頷いている。
パートナー「ここにサインするんだって。」
上がらない腕を無理やり押し上げて私はたくさんのサインをした。救急車に運ばれ、
レントゲンをとり、点滴やらいろんな処置をして、かかったプライス、70万円なり。
『えー!』
悪夢の牛脂が頭をよぎる。
パートナー「でもディスカウントしてくれるって。13万円だって。よかったね。」
私は靴の代わりにはかされた滑り止めのついた靴下と紙のパジャマを着て、タクシーに乗り込んだ。
2月。ようやく腕が楽に上げられるようになった頃、久々の休日をパートナーと楽しんでいた。映画を観て、カフェに入り、たわいもない話をする。
パートナー「アンティルの人差し指って人間の女の子みたい。そうだな、名前はさっちゃんって感じ、親指は次朗、中指はステファニー。」
そんな話をした夜、私は激痛で目を覚ました。
「!痛い!!」
右の瞼に激痛が走った。何かに刺されたような強烈な痛みだ。誰だ!そう思いながら
急いで目をあけると、そこにはさっちゃんがいた。小指だけを立てた右手が私の眼の
上にあった。それはまさに私の瞼を差した直後、犯行直前、逃亡間際のさっちゃんだった。小指の先を私の右目に向けたまま、ゆっくりと天井に向け上がっていこうとする右手。右手と私は完全に別の生き物のように、見つめ合う。気がつくと瞼にはさっちゃんこと、小指(爪)でつつかれた跡がくっきりと赤く滲んでいた。
何かを擬人化することは怖いものだ。うすうすわかってはいたが、そのことを私はまさしく“痛感”した。
お休みしていた4か月。私はいろんなことを体験し、考えた。牛脂のこと、アメリカの救急医療の恐ろしさ、そしてさっちゃんのこと。
来週はTとの最後を書きたいと思います。