周りに女子しかいなかった高校時代に比べ、“オトコがいる世界”が当たり前になっていった大学時代。オトコとの出会いが増えていくにつれ、Tは私を“隠す”ようになった。前回のコラムを書いていて、その“隠される”という感覚を久しぶりに思い出した。そんな世界に何年もいられた自分の忍耐強さに驚きながらも、どこかでまたそんな目に遭うのではないかという恐怖が心の奥底に巣を作っていることに気がついた。
成人式の日の朝、私はTを人気のない場所で待っていた。
Tはこの日を何ヶ月も前から楽しみにしていた。そしてそれはTの父親も同じだった。当時、80代半ばを迎えていたTの父親は、自分が生きている間に娘が成人したことを喜び、何十万もする着物を仕立てた。そんな父親に答えるようにTもまたこの儀式に並々ならぬ気合を入れていた。
そんな幸せいっぱいの朝、私はTを送迎する係りとなった。私もTの格好に不釣合いにならないような黒のスーツを着て、髪をオールバックにしてハンドルを握る。
「おはよう!」
ダンボールが山積みにされているスーパー裏の駐車場に、キラキラ光るTが現われた。私は車を降りてTのドアをさっさっと、開けた
『今日はTを完璧にエスコートするんだ!』
頭の中は、ニューヨークの紳士。ピカピカに磨き上げた車に私の姿が映る。
成人式の日、私は一つの誓いを立てた。“今日は絶対!焼きもちを焼かない!!”
Tが幸せいっぱいの今日だけは、何があっても誓いを破らないと、私は嫉妬を封印した。当時、TはKと別れていた。しかしまだまだKとの関係が完全に切れてはいなかったため、私はKとTの関係に疑惑の目を向け、嫉妬することが多かったのだ。
「アンティルはオンナだから女々しいんだ!」
そう罵倒されるたびに私は苦しんだ。女々しい=オンナという方程式は私を追い詰める兵器だ。
『オトコは嫉妬しないんだ。・・・・・・』
嫉妬心を消せない自分と、完全なオトコになろうとする私。私は嫉妬という感情にも事実を突きつけられているような気持ちになった。
『お前はオトコではない』(by嫉妬)
向かうは、Tの地元の公民館。着飾った人達が一つの列を作る。
会場になだれ込む色鮮やかな線は、キラキラとした光を放っていた。
「じゃあここで。あとでね。」
公民館からはけして見られないファミレスの駐車場でTは降りた。
それから3時間。Tは紙袋を下げて戻ってきた。
「楽しかった! みてみてこんなのもらっちゃった!!」
辞書や綺麗な和菓子が入った袋をうれしそうに見せるT。
私も微笑みながら予約している高級レストランに向かおうとした。
「ちょっとうちに寄ってくれない? お父さんに見せてくる!!」
私はUターンしてTの家に向かった。
「じゃあちょっと待っててね。」
さっきのスーパーの駐車場に戻ってきた私はTが戻ってくるのを待っていた。
5分が過ぎ、10分が過ぎ・・・1時間が過ぎていく。
私はTから絶対入ってはいけないと言われていたTの家、半径100メートルのラインを超えてTの様子を見にいった。電信柱に隠れながら移動するサングラスに黒スーツの怪しい人に回りは深いな視線を向ける。Tの家まであと30メートルという所で私の足が止まった。
『Kだ。』
TとKが楽しそうに話していた。その姿を呆然と見つめる私に気がついたTが、慌ててKの腕をつかみTの自宅がある4階に上がっていった。
あとで知ることになるのだが、KはTに成人式のプレゼントを持ってきていた。それはKが描いたTの絵。高校生らしい手作りのプレゼントだった。Tを諦められないKにとっては、勝負の絵だったのだろう。丁寧に書き上げられた絵の中でTは私の知らない笑顔を浮かべていた。余談だが、Tが絵を書けるオトコに弱いと知った時、私は絵の勉強を始めた。馬を書いても豚になるような才能0の私がどんなにがんばってもうまくなるはずがない。細面のTの顔はいつも幽霊のような顔になってしまって、Tに絵をプレゼントすることは出来なかった。
TとKが自宅に入って2時間、ようやくTが車に戻ってきた。
両親とTとKでお茶を飲んでいたという。黙って聞いていた私の目に涙が浮ぶ。
私は誓いを守れない。嫉妬でいっぱいになった私の言葉はTに向かってまっすぐに飛んでいく。パタン。Tは車を降りていった。
その日は私にとっても成人式なんだなぁ・・・と思ったのは、自宅に戻って友達に電話をした時だった。
「アンティルはどうだった? 成人式?」
私は涙をこらえるのが精一杯だった。