Kと喧嘩した時にだけ私を呼ぶ電話。
その電話を待ち焦がれながら、抱えられないほど溢れる嫉妬から逃れるためにWの家に逃げ込む日々を送っていた暗い大学生活。Wとはセックスをしないままいつの間にか付き合っていることになっていた。Tと会うのは私の車の中かTの部屋。その度、私達はセックスを欠かさなかった。Wは私の車に乗りたがった。しかしTとの特別な車だという思いから私はWをめったに乗せることはなかった。
TはKと激しく喧嘩をした時にだけ私を部屋に入れた。それ以外の些細な喧嘩の時はもっぱら車だ。ほんの少し話しをしてセックスをしてそれでバイバイ。私はTが車から降りるたびにしばらく車を止めてバックミラーを見ていた。Tが振り返ってくれることをいつまでも待っていた。Tの姿が見えなくなっても私はその場をしばらく離れることができない。もしかして戻ってくるかもしれない。
戻ってきて。そう願いながらバックミラーを見ていた。しかしTが戻ってくることも、振り返ることもなかった。5分くらい経ってハンドブレーキを降ろす私の目にはいつも涙が溜まっていた。
そのころ、Tの母親が外泊をすることが多くて、朝までTと過ごすことができる日もあった。しかし私と一緒にいる夜でも、Kから電話がかかってくる。襖一つ隔てたリビングで話すTの話し声は、いくらヒソヒソ声でもよく聞こえる。やり切れない思いを必死で抑えながらも私はさらに自分を追い込む行為をやめられなかった。
私はTとKの手紙を盗み読んだ。
設計士の資格が取れるA大学に入って建築家になってTを早く“食わせて”やりたいと書かれた文字の下にはTとKの未来の家が描かれていた。そして5人兄弟の長男として兄弟を見守る“一つ屋根の下”くさい兄弟愛のオンパレード。Kの手紙からは私がもっとも嫌いな匂いがプンプン漂っていた。
Kのことを愚痴りながらもKをけして貶すことがないT。Tが不満なのはKがまだ高校生で甘えられないこと。時代は80年代。バブルの真っ只中でTの理想は舘ひろしだったのだ。私も舘ひろしにまけないほどの肩を肩パットで作り、
Tの話しを聞く大人のオトコを演じていたが、嫉妬タンクがいっぱいになるとTと会えなくなるかもしれないという恐れより感情が勝り、大噴火を起こすことがあった。その時もそうだった。
ア「なんでそんな子供と付き合うの?!」
T「でもKだっていいところあるんだよ。今私のために受験勉強がんばってるし!!男らしいし・・・・」
ア「だったら私にKのこと愚痴らないでよ!それにKはTが思うような男じゃないよ」
T「Kのこと知りもしないでそんなこと言わないでよ! Kはね、兄弟が多くて貧乏でそれでも兄弟の面倒をみているやさいい人なの!」
ア「どこが貧乏なんだよ! A大学目指せる貧乏人なんていないよ!」
T「・・・・なんでそのこと知ってるの!」
私の盗み読みはついにばれてしまった。
しかし、私はTに言い続けた。「Kは怪しい」と。
嫌なオトコセンサーが発達している私の嗅覚は鋭い。Kは嘘の匂いがしていた。Tの気を引こうとするためにつく嘘。A大学はお金がかかるということで有名な学校だ。私は“貧乏”&“兄弟思いの兄”という2点でTの心をつかもうとするKの顔がはっきりと見えていた。いやなオトコだ。
T「推薦入学だからよ!!」
ア「推薦入学で入ったってお金は同じようにかかるよ!!!」
私のセンサーに狂いはなかった。Kの家はお金持ちだったのだ。
そしてそのことがわかってから、TとKとの関係が変わっていった。