私はアンティル Vol.146 社会人一日目の朝
3月31日。私はTとコジャレたレストランで学生最後の時間を過ごしていた。明日から会社員として社会に出るという夜だ。あの時の気持ちは今でも簡単に思い出すことができる。恐れと不安。日本から逃げ出したい気分だった。
社会と私はいつも敵対していた。電車の中、街の中、レストランの中、私に向けられる視線が私にとっての社会だった。視線は私を否定し、ヒソヒソ声の中傷を漏らす。そんな視線に私は正面から戦いを挑んだ。その風景はサバンナに似ている。目を反らしたら方がその場を去る動物同士が縄張り争いの風景だ。私もこの法則に則って、どんなにひどいことを言われても相手が目を反らすまでにらめつけるということをしていた。それは私が社会にできる唯一の攻撃であり、自分を守る方法だったのだ。そんな私が社会に入るなんて無理な話だ。でも社会に入らず生きていく方法なんて見つからない。あの日の夜、私は深い沼に入る夢をみた。
社会に入るためには自分に嘘をつかなければならない。就職試験の時の服装のようにパンプスを履いてスカートを着て。「彼氏はいないの?」なんて質問に「いませんよ~」なんて答えたりして。試験の1日ならまだ嘘をつけるかもしれない。しかしそうやって行き続けることは自分を殺すことだと思っていた。入社式に着物を着ることを楽しみにしているT。そして切羽詰まった私。学生時代最後の夜はあっという間に明けていった。
出社まであと1時間。私はまだ何を着ていこうか迷っていた。就職試験ために買ったリクルートスーツかいつもの格好か。GパンでもOKなマスコミ系の会社ではあったが、入社当日にGパンというわけにはいかない。しかも私一人の入社式だ。でも・・・・
そして私は決意した。
『通勤途中に雨に降られて服がびしょびしょになったことにしよう』
外は電車が止まるほどの嵐だった。
社長「なんだその格好は?」
私「来る途中で車に水をかけられてしまって、近くで洋服屋、探したんですけど、この時間だからまだどこもやってなくて、ディスカウントストアで買いました。」
社長「・・・・・・・・」
女性もののジャケットとブラウスにスカーフ、そしてスニーカーにジャージ。昔のもんぺ姿の女子高校生のような格好で、私は会社の門をくぐった。
私「これからよろしくお願いします!」
久しぶりの女子社員の入社を楽しみにしていたオトコ達の顔が青ざめていた。
社長「じゃあ早くスカートと靴を乾かせよ!」
私「それが駄目なんです。こんなになっちゃって。」
泥がこびりついたスカートからダラダラと水がこぼれていた。クリーニングに出しても元には戻らないであろう泥つきのスカートと真っ白い生地のパンプス。地面においた服とパンプスに必死に泥をつけた朝、私は私を殺さないと心に誓った。