誰もいなくなったROOM NO2。くるくるとミラーボールが回っている。
悲しいという気持ちでもなく、寂しいという気分でもないあの時の気持ちをどう表現すればいいのだろうか? あの出来事を思い出すと私の瞼には鉄格子で蓋をされている側溝が浮ぶ。この世の中に隣接している世界。人間が足をつける地表から数十センチほどしか離れていない地下の世界。そこは社会という光が入りながらも、絶えずどこからか水が流れ込む。鼠にとって溺れ死ぬほどの水位でもなく、しかし平然と暮らせるわけではない側溝の世界。その場所に住む鼠は私だ。隣の部屋から聞こえる奇声のようなロックが私の意識をはっきりとさせる。
『Tと話さなきゃ。もう会えないかもしれない。』
Tに何を言われようとも、私が手を差し出せるのはTしかいない。そんな思いが怒りも悲しみもないものにする。
カラオケボックスを出るとそこから少し離れた雑居ビルの陰にTがいた。加藤も一緒だ。二人を見ている人は、私以外は誰もいない。そのことをよく知っている二人の間は空気がどんどん濃密になっていく。壁に背中をつけるT、そのTの首の横に腕を伸ばし壁に手をつく加藤。加藤の顔はTの顔に近づいている。危ない。私は2人の前に駆け出して行った。
ア「T、話があるんだけど。」
T「何?!!!今加藤君と話してるんだけど。」
ア「大切な用なんだ。」
T「あとで電話するから!あっち行って!!」
ア「今じゃなきゃダメなんだ。」
T「今じゃなくたっていいでしょう!!」
ア「ダメ。本当に大切な話しなの。」
T「いい加減にしてよ!」
加「向こうに言ってくれない!?」
ア「じゃあ、ここで言うよ!TなんでKと付き合ったの?! なんで私と・・」
T「わかった話し聞くから! すぐ行くからあっちで待っててよ!!」
Tの顔が不安で色褪せていくのがわかった。加藤に別れを告げてTが私に向かって歩いてくる。
T「どういうつもり!!あんなこと人前で言うなんて!!気でもおかしくなったの!!」
ア「そうじゃないよ。人(私)は知りたいんだよ。本当に辛かったんだよ。あのアルバイトの時。どうしてKと付き合い始めたの?」
T「・・・・・・」
ア「あんなに楽しかったのに。なんで・・・・」
私は涙を堪えるのに必死で言葉を無くしてしまう。駅まで5分。私がTといられる時間の制限時間だ。その道は私とTが通ったラブホテル街を左手に見ながら続く1本道。見慣れた風景がよけいに私の心を詰まらせる。
ア「付き合っているのになんであの日、うちに来たの?」
T「・・・・・」
ア「なんで電話してきたの?!!もう人(私)のことは全然好きじゃないの?!!」
今まで言えなかった思いが口からこぼれ落ち、その反動で目から涙がこぼれ出す。
T「・・・・・・・」
ア「なんで、ゥゥゥな、ゥゥんゥゥでェェェ・・・」
T「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ア「Kことゥゥゥ好きゥウウなの?」
T「・・・・・・・・・・・アンティルのこと好きだったけど、今はKが好きなの・・・・・・」
改札へと下りる階段の前で私は歩けなくなった。うずくまる私の横を笑い声を上げて次の場所へと向かう人達の声が聞こえる。繁華街の駅では人一人うずくまっていたってなんてことはない。酔っ払いのそれと同じだ。
T「アンティル・・・・・・」
ア「ウッッッッッッ」
私は嗚咽を上げることしかできない。
T「・・・・・・・・・・・ごめん、私もう行くね。」
私の傍からTが消えていくのが目をつむっていてもわかる。どんどんTが遠くなる。もう会えない。もう二度とあの時間は帰ってこない。イヤだ!イヤだ!!イヤだ!!!私は人を掻き分けTの姿を探した。あふれかえる駅は満員電車のように人の背中が続いている。Tはどこ?!T!!T!!!Tがその駅から帰る時に必ず使う改札まであと10メートルという所で私の足が止まった。Tの背中に誰かの手が回る。腰の高さほどの塀を間にしてTが誰かと抱き合っている。誰なの? あそこにいるのは人(私)じゃない。誰?・・・・最終電車へと続く人の波の中にTとKが消えて行った。