化粧台の縁をつかんでうなだれている私を見て、化粧室に入ろうとした人がドアを閉める。それでも私はその手を離すことができなかった。ユウコとユウコの彼、そしてTとKのカップルドライブ。絵に描いたようなデートが私の頭の中で鮮明に浮かび上がる。『なぜ私は男に生まれなかったのだろう?なぜ私はその車に乗ることができないのだろう?!』何度となく繰り返した自問が自分を傷つける刃となって向かってくる。『なぜなぜ・・・・・・』
それでも私はその店を出ることができなかった。怖くてしかたなかった。
『Tのように私が好きになりそして、私を好きになってくれる人がこの世にいるだろうか?!』
そう思うとTから離れることができない。私は盛り上がり続ける合コンの席に戻る以外の選択肢を持たなかった。加藤とT。席替えされたテーブルに2人が並んで座っていた。
お店を出たところで幹事の高梨が2次会をしようと叫ぶ。
ユウコ「私、彼が迎えに来るから帰るわ。」
橋田「俺も家遠いいから帰るよ。」
高梨「えー付き合い悪いなぁ~ヒロコちゃんは行くでしょう。」
ヒロコ「う~んどうしようかなぁ」
安西「行こうよ!1時間くらいさ。ね!」
加藤「Tさんはどうする?」
T「・・・」
加藤「来てくれたらうれしいな」
T「じゃあ・・・行くね。ヒロコちゃんも行こうよ。」
ヒロコ「うん。わかった。」
全員「・・・・・・・・・」
全員の視線が私に集まる。
高梨「アンティルさんは・・・・・どうする・・・・・・」
ア「・・・・行きます。」
私達の輪の中を通り過ぎる風の音が聞こえた。
高梨「・・じゃあ、カラオケでも・・・」
80年代後半のカラオケボックス。BOOWYや杉山清隆とオメガトライブを歌う男達に、ヒロコとTがタンバリンを叩く。2人も荻野目洋子や酒井法子を熱唱していた。
♪愛してるよなんて 誘っても・・・・
私と目を合わさぬよう注意していた男達が、何も歌わず酒をガブ飲みする私を気にしてカラオケをすすめはじめた。酔って面倒を見なくてはならないのではと思ったのだろう。
安西「アンティルさん・・あの歌いませんか・・」
私は差し出されたカラオケ本をやる気なく受け取り、表紙を眺めた。その時だった、加藤がTに苺を食べさせているではないか!! 人差指と中指を使い、Tの口元へ運んでいる! 薄暗い照明の下で加藤とTは2人だけの空間を作り上げていたのだった。
『このままじゃいけない。』
私は持っていたカラオケ本を固く握った。
『そうだ!歌でTにメッセージを送ろう!!それしかない!!!加藤との世界から引き戻すための歌を歌うんだ!!!』
私はナのページを夢中で開いた。
ア「人、歌います。」
高梨「あっ・・・・何番ですか・・・・・」
ア「○○○○番です。」
カラオケが止まった室内に沈黙が走る。中島みゆき「孤独の肖像」。みんなの目が画面の中で止まった。
♪みんな一人ぼっち 海の底にいるみたい・・・言えないわ心の中
消せないは心の中・・・
私の作戦は成功した。加藤の手が苺を持つことはもうなかった。