「このトライアングルおもしろいよー」
と目の前のバーテンの子が言いました。私の隣には椅子ひとつ空けてもう一人座っています。たしかに、私と彼とカウンターの中の彼で三角形が生まれています。お客は他にいません。椅子ひとつ隣の彼は神戸から遊びに来ていて、以前別のゲイバーで会ったことがある人でした。「たしか同い年だったよね」と先ほど話していました。バーテン君も同い年です。三十三歳、ゲイ、の三角形です。
「なにがおもしろいの?」と聞くと、バーテン君は「だってみんな天然じゃない?」ともうひとつの共通項を挙げました。
たしかに私は天然です。言われてみれば、ニコニコしている神戸っ子も天然っぽいです。バーテン君が、「僕は最近よく人から言われるようになって、やっと気付いたの」と、とても天然の発言をしたので、みんなで笑いました。平和な時間です。
「でも正直言って、天然って、どういうことなのかよくわからないんだ」とバーテン君の天然発言は続きます。「僕だっていろんなことを考えているし、人にツッコんだりもするんだよ」
私はお笑いに例えて説明を試みました。
「笑わせるつもりがなかったのに、その自分の言動が周りにウケてしまっている人が天然じゃない? 漫才のボケとツッコミはウケを狙うことだから」
「それに、天然は性質の話で、バカとかそういうことじゃないと思う」と言うと、バーテン君はほっとした顔になりました。
そのあとはなぜか、普段はどういうセックスをしているのか、という話題になり、神戸っ子は彼氏に「他にバックを貸したら浮気だからな」と言われていると語り、彼氏とは受けの立場でアナルセックスをしていることがわかりました。でもそのせいじゃなく、アナルセックスはあまりしない、と言います。ということは、彼氏以外の人ともセックスをしていることになりますが、まあまあそれは、と話は流れていきます。
そこへバーテン君が、「僕は挿入するセックスをあまりしない」とカミングアウトしました。天然トライアングルたちの話は自在です。
神戸っ子は、「たしかに、アナルセックスがホンマもんや、と思ってるところはあるかもしれへん」と言います。
「茶屋くんはどうなの?」とバーテン君に聞かれて、セックス自体をあまりしないけど・・という前置きはさておき、「これがセックスだ、と思っている人とのセックスは疲れる」と答えてみました。
「今はもう使わへん言葉かもしれへんけど、バニラって、あるやん。僕もどっちか言うたらバニラ好きかもしれへん」と神戸っ子がまとめました。
バニラセックスとは、挿入や射精にこだわらない性行為のことで、まだ使われている言葉だと思いますが、もう使われてないような言い方をすると、ペッティングという言葉が近いかもしれません。
挿入が嫌だ、とか、射精はしない、というよりも、「それにこだわらない」というところがステキな言い方だ、と思います。その言い方にこだわれば、私もたしかにバニラセックスの方が好きかもしれません。
三角形に共通項がまた増えました。天然に加えてバニラ好き・・、「戦争反対!」みたいな気持ちになります。
というより、今まで私は、アナルセックスに対する義務感みたいなものに苦しんでいたのかもしれません(徴兵制か)。
そうした気分が作用したのでしょうか、そのあと一人で別のゲイバーに行った私は、隣で飲んでいた男子と簡単にエロモードに入ってしまいました。
だってエロに義務はないのよ、と変な調子に乗って彼の坊主頭を撫で回していると、遅い時間だったこともあって、客は私たちだけになり、ママが最後の客を送りに外へ出たとたんに、坊主とキスをしていました。もともと坊主頭は好きですが、それ以外にも、少し年上なのに彼はツルツルした皮膚感で、痩せているところも好みでした。
そのあと、私は家に坊主を持ち帰ることにして、戻ってきたママにチェックをお願いすると、なぜかママは私をジロリと睨んで、「アンタ、後悔するわよ」と美川憲一ばりの一言を放ちました。
タクシーをつかまえて、車中では手を握っていて、家の近所に降りて歩き出すと、彼は「オレなんかでいいの? なんでかなー」と、とても嬉しそうに繰り返します。私も楽しくなってきて、家に入るなり電気もつけずに二人で風呂場へ直行しました。
シャワーを浴びながらローションも使って楽しみます。坊主は、「オレはウケもタチもできるから」と言いました。へー、それはたいしたもんだね、と風呂場を出て布団に入ると、私は急激な眠気に襲われました。朝の五時ごろだったと思われます。
私は風呂場で触りあっただけで、もう満足してしまったようです。
ところが坊主にしてみれば、これからでした。
「イッパツ決めねーと帰れねーよ」と、挿入と射精にこだわったセックスを要求してきます。
私は眠気とその言葉で、どんどんエロモードが消えかかって行き、「今日はもういいから、寝ようよ」と彼の手を拒みました。
すると、「なんだよ、それ」と彼は怒り始めました。「ヤれると思ったから、これから付き合っていけるかもしれないと思ったから来たんだよ、なんで? 彼氏とかいるわけ?」
何を聞かれているのかよくわかりませんでしたが、「いるよー」と私は軽く答えました。
坊主はまた、「なんだよ、それ」と言います。私は寝ぼけ眼で、「ケンちゃんとさー、したいと思ったんだよ」と坊主の名前を言ってみると、「ケンちゃん、って誰だよっ。つーか、オレまだ名前言ってないし!」と布団をはぎました。
急に体が冷えて、私は少し意識を取り戻しました。
そうそう、ケンちゃんは、あの神戸っ子の名前でした。
「オレ、帰る」と坊主はさっき脱いだ服を着始めました。「えー、寝て行ったらいいじゃん」と私は声をかけました。
すると彼は、革のコートまではおったのに布団の上に胡坐をかきました。私もよくわからないなりに裸のまま隣に座ります。坊主はコンコンと私に説教を始めました。
その内容は(ほとんど覚えていないせいもあって)割愛します。二十分くらいかけて、「そんな生き方をしてちゃ駄目だよ」的なことを私に言い続けた彼は、ついに家を出て行きました。
イッパツ決めることの出来なかった苛立ちが説教になったのかしら・・、と私はようやく眠りにつきました。
ママの言葉がよみがえります。あれは私じゃなくて、坊主に向けた台詞だったのかもしれません。私は、後悔はしていないけれど、いろいろと間違えた気がしました。
今度誰かとエロモードになったときは、「私は天然でバニラ好きですが、それでも大丈夫ですか」と事前に確認を取った方がいいのかもしれません(その前にクロに言うべきかもしれません)。エロに義務はいりませんが、責任はあるように思いました。