Tがとうとう告白した。やはりKと付き合っていたんだ。その衝撃に私の心が激しく動く。それはちょうど胸の真ん中あたり。そのあたりの血液がカラダを突き破るような勢いで流れ出しているのが自分でもわかる。悲しみが日頃は意識もしない心の在りかを教えてくれる。やむことのない血液の循環は次第に私から視界を奪っていった。目の前の風景がどんどん色褪せて遠くなる感じだ。見えているものが別の世界の出来事のように思える。こちらの世界は私だけ。聞こえるものも香るものも私の世界にはない。私は拳を開いたり握ったりして、自分がこの世界で生きていることを確認せずにはいられない。グーパー、グーパー。そんな私をよそに合コンはスタートした。
高梨「じゃあ自己紹介でもしようか?!」
オトコ側の幹事、高梨が合コンを仕切る。
ヒロコ「そうだね。じゃあそっちから。」
高校時代からの友人で、オンナ側の幹事、ヒロコが壁側に座るオトコ達4人を指差して自己紹介を即す。
高梨「トップバッターいきま~す!△大学2年の高梨です。ユウコと同じテニスサークルに入ってるんだけど、かわいいコと出会えませぇーん。今日はテンション上がりまくりでーす!」
橋田「何言ってんだよ。コイツは合コンの鬼って呼ばれてて、週に3回は合コンやってんだよ。何が出会えませーんだよ。ハハハ。俺は橋田ッス!」
この人達は私と同じ時代に、同じ世界にいる人なのだろうか?!私がこれから先も味わうことがないであろう屈託のないラブゲームで私はサイコロを持つ手さえない。
安西「オンナのコ大好きです!!かわいいコばっかで緊張してます!!今日は帰りません!なんってね。」
Tとの付き合いのなかで常に私を脅かしていたオトコという存在。“完璧な人間”オトコ。オンナを好きになれる“権利があたえられた”オトコ。権利もなければペニスもない不完全な私。オトコ達の会話をぼんやりと聞きながら私はセックスするために深く切り込まれた爪をぼんやり眺めていた。
加藤「俺はずーっとラグビーやってたんで女の子の免疫がなくて。今日が初めての合コンです。よろしく。」
私と加藤。共に初合コンでありながらもあまりに違う二人の雰囲気。加藤は合コン会場に爽やかな風を吹かせた。みんなの髪がその風でなびくのを私は見た様な気がした。目の前の加藤。しかし私の髪は1本たりとも動きはしない。
ユウコ「じゃあ・・・・私ね。」
時計回りで進んでいた自己紹介がいきなり左回りになる。
ユウコ「□大学のユウコです。実は彼氏がいまーーす。でも高梨君がどうしても合コンしたいっていうから集めてきました。」
高梨「そう、ユウコの相手って何を隠そううちの大学の○○でーす!!」
橋田「マジで! あの人すげーカッコイイじゃん。やるねユウコ!じゃ次ヒロコちゃん!」
ヒロコ「ユウコと同じサークルのヒロコです。彼氏はいません。別れたばっかです。よろしくお願いします!」
安西「ヒロコちゃん!か・わ・いいーー。俺、立候補します!!ハハハ」
合コン会場は開始10分にして盛り上がっていた。
T「Tです。私はユウコと同じ高校で今は×大学に行っています。ヨロシクお願いします。」
安西の肘が加藤の胸を突付く。そしてその肘は私の心を刺す武器となった。Tは楽しそうに笑っている。オトコ達の顔にはTへの関心が表れている。
『私は何をしているんだ!』
オトコ達の視線を片っ端から折ってやりたい衝動にかりたてられながら何も出来ない自分。怒りと悲しみでカラダは固まり、顔から苦しみオーラを放出している。もしその時の私が彫刻になったら“蟻地獄に飲み込まれそうになる3秒前のある人間の苦悩”というタイトルがつけられたことだろう。
ユウコ「次は・・・・アンティル。アンティル!」
誰かが私のことを呼んでいる。遠い世界から声がする。
アンティル「えっ!」
ユウコ「えっ!じゃないよ!紹介だよ。自己紹介!!」
盛り上がっていたパーティーが、一瞬にしてミサのようになる。頭を垂れるオトコ達。誰にも望まれていない自己紹介。私はどうにか重たい口を開いた。
アンティル「私は・・・・」