処女。私の脳裏にこだまする2文字。ブラジャーをはずし、セックスをしようというWの前で私は軽くパニックになる。
ア(心の声)『できない。私にはできない!』
Wの前で私は石像になった。夜が明けたラブホテル。上半身裸のオンナと石像になったワタシはしばらくの間無言の時を過ごしていた。
なぜセックスできなかったのか。それは、“Tのように好きになれなかったから”
そして、“これ以上深い付き合いを望んでいなかったから”。しかしそれ以上に大きかった理由はWが“処女”だったからだ。
Tと出会い過ごした3年間。セックスを中心に私の人生は回っていた。そしてこの時間はことも言い換えることができる。
“処女膜と中指の壮絶な戦いの歴史”
Tは処女だった。はじめてTの膣に2本の指を入れた時、Tが私に言った言葉、それは
「血出てる?」
であった。愛の言葉でもなく、快楽へのため息でもなくTは処女膜を気にしていた。
指にもシーツにも痕跡がないことを告げた時、Tは安堵とも失望とも言える顔で私の指を眺めていた。そして3年間、私の指に血がつくことはいっさいなかった。
T「やっぱりアンティルとのセックスは偽物なんだ!だって処女膜破れないじゃない!!」
そういってTは私とのセックスがいかに普通のセックスじゃないかということを嘆いていた。Tの言葉は私にペニスの不在を思い知らせた。私のセックスは男女のセックスの真似事。
どんなにTが気持ちよくなったって、それは無いものに等しいほどちっぽけな存在。Tの処女膜は私にそう語りかける。そのたび、私は自分の存在がこの世にはないかもしれないという錯覚に陥っていった。
気持ちいいという感覚さえ“社会”に奪われ“世間”に笑われる存在。そして私は誓ったのだ。
ア『どうにかしてTの処女膜まで辿り着こう。そうすればTも認めてくれる。世間にだって私とTのセックスが本当のセックスだって言える!目標!!処女膜!!!』
私の指は短いほうではない。一番長い中指で長さ7.5cm。膣に対して何の知識を持っていなかった私は、頭にピンとはったピンクの膜を思い描き、突き指するほどに右手で左手の指を引っ張った。それはどんな日もかかさなかった。雨の日も風の日も。掴んでギュ!掴んでギュ!1週間に一度は物差しで指の長さをはかり、目標の10cmをめざし特訓に励んだ。(この10cmという数字は、当時読んだ雑誌に書いてあった処女膜までの平均距離だ)
しかし、私の指はいっこうに伸びてはくれない。そこで私は指と指にある皮に目をつけた。
ここを柔らかくすれば、5mmは長くなる。“酢をつけると肌が柔らかくなる”という話ををどこからか聞いた私は、毎日、寝る前に指の股に酢を塗った。そして指の股に鉛筆をググッと押し付ける。皮がさけそうになる痛みをこらえて指先から手首に向かって何べんも何べんもググッとだ。
そう、あの日も私はトレーニングを欠かさなかった。それがもう必要ないというのに。
その日、Tは私との“普通でないセックス”を否定するために、見知らぬオトコとセックスをした。
T「私、やっぱり処女だった。」
オトコとセックスしたばかりのT。その数時間後の告白。流れ落ちる涙が私の指にポタポタと落ちる。
ア(心の声)『私にはこれしかない。』
“普通のセックス”ができない私の指が悲しく涙を受け止める。
その夜、泣きながら計った私の中指は8.4cmになっていた。
私にとって処女膜とは、何だったのだろう。Wが処女だとわかった時、私は“もし処女膜をやぶってしまったらどうしよう”と恐怖した。その恐怖の意味を今、私は考えている。
PS この原稿を北原さんにメールした後すぐに、「処女膜って、どこにあるかわかってますか?」との短いメールが来た。その後にすぐ電話もきた。
北原さん「処女膜が、膣の中にあると、今でも思ってんですか?」
ア「そうじゃないんですか? 膣の中にある膜だと思ってますけど」
北原さん「じゃぁ、生理の血はどうやって流れ出てくると思ってたんですか?」(なぜか怒っている)
ア「血を通す膜だと思ってました」
北原さん「・・・・バカ?」
処女膜は膣の中にあるのではなく、膣の入り口にあるヒダなのだと教えてもらった。