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二丁目の通りにやって来る、ナンパ目的(というか、誰かと出会いたい系)のひとのことを、私は宮崎アニメに出ていたキャラから「顔なし」と命名しました。顔なしたちは、それぞれ一人ずつぼんやりしているようで、誰かに話しかけたり話しかけられたりする機会を待っています。一度目が会うと、すーっと近寄ってきて、しばらく近辺から離れないという行動も、「千と千尋の神隠し」に出て来たあのモノノケによく似ています。

職場で相方のオーラちゃんに、この町にはうろついている(ゲイの)霊がいっぱいいるよ、と聞かされたときに、そうね、生身の人間でさえこんなにいるんだものね、と、そこには違いがないような気さえしました。
ビデオ屋で働いていて、ふと外を見たときに顔なしと目が会うと、店内に引き入れてしまうことがあります。そうなったら、なるべく目を合わさないように、なるべく顔なしの発している電波を受信しないようにして、すみやかに立ち去ってくれることを望みます。

顔なしがビデオを買ってくれることはほとんどないので、客としてカウントしていない対応です。
今日も店の前に立っていた男性と、ふと目が合ってしまいました。すぐに目をそらしましたが、男性が「さっむいなー」とひとりごとを行って店に入ってきて、しまった、と思いました。

レジでうつむいたまま作業を続けます。たいていの場合、私が相手をしないようにしていると、軽く店内を一周して風のように出て行ってくれるのですが、その男性は違いました。店の奥へは行かず、ずっとレジの前にいます。しかもコチラを向いて立っています。身長が180センチくらいあります。酔っています。

動じないふりをしながら私は伝票整理を続けます。新しく入ってきたお客さんが彼の背後を通り抜けました。その時カバンが背中に当たったのか、「いってーな」とまたひとりごとを放ちました。当てた客はシカトして店の奥へ向かいました。それ以上揉める様子もないので、私は彼を見ないことを続けます。 デカイのよ、通路に邪魔なのよ、酔っ払って突っ立って動こうとしないアンタが悪い、と矢継ぎ早に思いますが、なにも考えていないふりをして手元の伝票をめくったりします。それから1分くらいそうしていたでしょうか。とつぜん彼は、「オレもう帰るね」と最後のひとりごとを放ちました。ようやく私は顔をあげ、もたいまさこのように、うん、とうなずきました。やっと会話が出来て満足したのか、彼は自分の言葉に素直に店を出て行きました。

それからしばらくして、夕方にやってきた壮年男性は、顔なしではないようですが、なぜか体からやたらと音を出します。ビデオの棚を見ながら、ヒューと口笛を吹いてみたり指をならしたりするのです。店で流している音楽に合わせているようでも、ビデオのジャケットに反応しているようでもありません。1分おきくらいの間隔で、ヒューとパッチンを繰り返します。他のお客もいるのに迷惑な人です。

体から音を出しすぎですよ、と注意してみようかと思いましたが、これは話しかけられるのを待っているのかもしれない、とも思い、相手の作戦に乗るのもシャクなので、無視をしながら様子を見ていました。すると今度は、チュッチュッと舌を鳴らし始めました。これはもはや気持ち悪い領域に入りました。彼がコチラを見た瞬間、私は眉間をよせてみました。彼は少し暗い顔になり、音を出すのをやめました。そして棚から一本のDVDを選ぶと、その腕を突き出した状態で、レジに突進してきました。
もう、怖いわ、このひと。
と思いましたが、普通に対応します。すると彼は驚いた顔をして、「ずいぶんあっさりしてるね」と言いました。
当たり前です。そんな犬猫を呼ぶようなことされて誰が振り向きますか。
と早口で思いましたが、え? 意味がわからない、という顔をして、送り出しました。

このように、他人へのアプローチの仕方をよくわかっていない人が続くと疲れます。話かけたかった、話しかけられたかった、という気持ちはわからなくはないのですが、目の前に黙って突っ立っているとか、コチラを見ないで指や舌を鳴らすという方法ではなく、こんにちは、と話しかければいいじゃないか、と思います。それが出来ないのなら、せめて店内では客として存在していてほしい、と願います。

顔なしたちを含めて、奇異な行動を取るひとにはおっさんが多い気はしますが、若いひとたちの「ひとりごとアプローチ」もあります。それは20代の二人連れのときに起きます。店に入ってきた二人の会話を聞いていると、探しているDVDがあることがわかります。なんとかのメーカーで、とか、なんとかというタイトルのやつ、と喋っています。カウンターの中で私は、ある、ない、という答えを用意して、二人のどちらかが尋ねてくるのを待っています。ところが一向に尋ねてきません。同じ台詞を棚に向かって二人して繰り返しているのです。これはひとりごとの形をしていますが、あきらかに店員の私に向けて質問している状況なのです。
ただし、「なにかお探しですか」(もう聞くまでもないけれど)、と私がきっかけをつくらなければ、二人はひとりごとを言い合いながら店を出て行ってしまいます。
へんなの、と思いながら、声をかけたりかけなかったりします。こんな目の前で、私と目を合わせることなく商品のナンバーを連呼している20代の二人連れに、悶々とします。「May I help you ?」と声をかけるのが店員の務めだとわかっていますが、それを言う前に、直接私に質問すれば? とか言ってしまいそうになります。
でもダメなのです。そういうことを言うと、「店員に怒られた」と思われるのです。その話はまた次回にしますが、なんでしょう、このもどかしさ。

相手が50代でも20代でも顔なしでも客でも、「どうしたの? ぼく」と、ひとりごとに接木をしてあげることが、どうにも気持ち悪いのです。聞いてあげればいいのに、と頭のどこかで思いますが、遠い感じです。
でも実はそういうことでなくて、私が、とても話しかけにくい人、なだけかもしれませんが。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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