居酒屋を出た私とWはラブホテルに向って歩き出した。
ラブホテル街までは歩いて20分。二人は黙々と歩き続ける。ちょうど国道を渡る信号にさしかかった時、車のヘッドライトがWの顔を明るく照らした。その時私は初めてWがいつも以上にしっかりと化粧をしていることに気がついた。同時に頭の中で、夢の中のようにぼんやりとした居酒屋でのWの告白を繰り返す。
W「私、アンティルとつきあいたいの。」「ラブホに行きたい。」
『どうしよう!!!』
ラブホテル“つぐない”。
渋い名前のこのラブホは不倫カップルご用達のお店で、その地域では有名だと私はWから聞いていて知っていた。数あるホテルからこの場所を選んだのはW。Wの背中導かれるように、私は“つぐない”のエントランスをくぐった。そして心の中で声を上げた!
『しまった!今日は手にファンデーションつけてない!!』
顔を隠す大きな仕切りがあったラブホの受付では、手が重要な役割を果たす。ホテルの人とのコミュニケーションに必要なのは、最低限の言葉と、差し出し合う手。声と顔でオンナだとバレてしまうことが多かった私は、なるべく顔の見えない受付があるホテルを選び、声を出さないようにこんな感じでチェックインをしていた。
ア「201号室」
ホ「3800円」
ア(無言で手を差しおつりと鍵をもらって)
ホ「時間になったら電話しますか。」
ア(人差指をノンノンという感じで振る)
余談だが、色白の私は、ホテルに行く日、必ず手にファンデーションを塗っていた。そしてさらにオトコの手だと思われるように、ホテルに行く直前に二の腕を採血するよる時のように固く縛っていた。これは男性の手に多く見られる血管の盛り上がりを出すためだった。浮遊してくる血管は、細い私の指をカバーするように強い存在感を示してくれる。ここまで支度をすればほぼ、私がオンナだとバレることはほぼない。あとは思いっきり低い声で部屋の番号を告げれば完璧。しかしこの日の私は、ファンデーションも血管浮遊も低い声を出すためのボイストレーニング(自己流)もしていない! しかも初めて行くホテル。受付には仕切りがあるのか?!チェック体制は厳しいのか?!心はひどく動揺していた。
ホ「あんたオンナでしょう。オンナ同士は入れないんだよ。」
何度も言われたその言葉を、私はその日はどうしても聞きたくなかった。
ピロリロリン(自動扉が開く音)
案の定、受付は仕切りのない顔がよく見えるタイプのものだった。客が入ってくる音を聞いて、奥から50代くらいの女性が出てきた。私は急いで顔に手をやり、下から上に向けて顔をリストアップした。とは、いっても若返りのためではなく、顔をキツくみせるためのとっさのマッサージだ。“オトコにしてはやさしい目”とよく言われた(今考えても意味不明)目が、なるべくきつく見えるようにマッサージ。さらに、心の中で頭にくることを思い描き、完璧な顔に近づける。それは試合直前のアスリートのようだった。
『よし!準備OK行くぞ!!』
私は受付に向った。
ホ「泊まりですか?休憩ですか?」
ア「休憩だ。」
ホ(無言で鍵を渡す)
セーフ。不倫カップルに愛されるのもよくわかる。会話は最低限、客の顔を見ない接客は人目を忍お客には完璧な対応。私は難関を突破してエレベーターに乗り込んだ。安心して気持ちが緩んだ私は、横から異様な雰囲気が発しられていることに気がついた。Wの顔が変だ。明らかに様子がおかしい。
ガチャ(鍵を開ける)
無言のW。私はその雰囲気を変えるために必要以上にはしゃいでみた。
ア「わーこのバスルーム、マジックミラーになってる!部屋から丸見えじゃん!!」
バスルームを見てWはさらに顔を硬直させた。
ア(心の中)『なんてことをいっちゃったんだ。どうしよう。何を話せばいいんだろう。そうだ!!』
ア「見て!こんな自動販売機があるよ!!」
ア(心の中)『しまった!なんでこんな事言っちゃったんだ!!』
私はローターの入った自動販売機を指差しながら、自分のさらなる失敗に気がついた。
Wの顔はさらに硬直している。そう、Wは緊張していたのだ。
長い沈黙。30分ほどの時間が二人の間を流れた。
そして、あまりの緊張で眠気が私を襲い始めた時、Wが急に立ち上がって私の前で止まったのだ。
ア「どうしたの?」
そういってWの顔を見上げた時、Wは思わぬ行動を始めたのだ。
上着を脱いで、スカートを脱いで、ストッキングを脱いで・・・目の前で服を脱ぎ始めたのだ。そしてブラジャーをはずそうとした時、ようやく私は驚きを言葉に出来た。
ア「ちょっと、待って?!!!」
W「Tとしていたように私として。」
ア「えっ、でも・・・・」
ホテルつぐない。長い夜はまだ終わらなかった。