「あなたの存在が迷惑なの。」
Tの母親の言葉が鋭利な刃物より深く、重く私の心をえぐる。
『この社会の中で私の存在は迷惑・・・』
カラダの中の血がポタポタと一つの穴からこぼれる音が私には聞こえた。ポタポタポタ。
『なぜ人(私)はオンナを好きになったの?』
『なぜ人(私)はオンナじゃなきゃだめなの?』
小さなワンルームに私の血がすべて流れ出ないうちに、私はその部屋を飛び出した。静まり返った夜の住宅街。見慣れた街並はまるで異国のようだった。
ア「これからそっちに行ってもいい?」
すがるように私は公衆電話からWに電話をかけた。
W「どうしたのこんな遅くに。」
ア「別に・・・・」
W「今日は弟の友達が泊まりに来てるんだ。だから朝まで駅前の居酒屋にいない?」
ア「うん。じゃあこれからタクシーで向う。」
無愛想な運転手の後ろで私は車のドアを開けた。雲一つない空の中で月が黄色く光っている。Tとのセックス中にカーテンの隙間から見えた月と同じ月。その月が、Tのカラダの触った感触を蘇らせる。
ア「もっとスピードを上げて下さい。」
『この月から離れられれば、TからもTの母親の言葉からも逃げられる!』
ア「運転手さん!もっと早くお願いします!!!」
どんなに走っても月は私から離れることはなかった。
W「何かあったの?」
ア「別に何もないけど、なんだか部屋にいるのがつまんなくて。」
W「そうなんだ。私も弟が彼女を連れてきて、なんだか家に居づらかったんだ。」
朝まで営業しているという居酒屋で、Wと私は酔ハイを飲みながら揚げや、焼きそばをつついていた。時計は4時になろうとしていた。
W「ねぇ、アンティル。私と付き合ってくれない?」
Wは突然の告白にもその日の私の心はなんの反応も示さなかった。
W「私、アンティルと付き合いたいの。レズになってもいいの。アンティルといたいの。」
ア「・・・・・・・」
会話がなくなった2人の間を埋めるように、音楽が愛の歌を紡いでいる。
“愛さえあれば 何でもできる 愛さえあれば 人は幸せになれる・・・・”
男が歌うまっすぐなラブソング。そしてその歌に似合わない2人。オンナが好きだった母親の死を私と付き合うことで乗り越えようとするWと“愛する”ということを止めない限り社会から弾かれ続ける私。Wの頭の上で鳴り響くスピーカーをぼんやりと見つめながら私は言葉を交わさずお酒を飲み続けた。
W「ラブホに行きたい。」
真剣な顔で私の顔を覗き込むWの目を見ないまま、私はただうなずいた。居酒屋を出た私の頭上にはあの月がまだ輝いていた。