久しぶりのTとのセックス。私は天井を眺めていた。車のライトが白い天井を走り抜ける。腕枕の中でTも何も話さない。どんなにあの頃と同じセックスをしても、やはり何もなかったことになど出来ないことをその時私は思い知っていた。ひんやりとした感触が頬に染みこんで初めて自分が泣いていることに気が付く。
T「ねぇアンティル。」
私は涙を見られたのかとドキドキしながら精一杯普段通りの声で返事をした。
ア「何?」
涙を指摘されたら、きっと私はKのことを問いつめてしまう。
T「私のこと好き?」
dア「・・・・・」
えの代わりに私はTのことを抱きしめていた。
濡れた顔がTのカラダにつかないように、そして見られないように注意しながら。
ア「どんな車買ったの?」
服を着るTに声をかける。少しでも一緒にいたい!もしかしたらまた会えなくなるかもしれない。そんな気持を悟られないよう探した言葉。
T「赤い小さい車。すごく気にいってるの」
ア「見てもいい?」
T「・・・・うん。」
少し困りながらTは答えた。
Tの車はキレイな真っ赤な車だった。マンションを出て50メートル先の路上に止まるその車は、遠目に見ても新車だとわかるほどピカピカとしていた。
T「ちょっと待っててね。」
一緒に行こうとした私を制してTは車に向かった。ドアを開けて何やら整理しているTを見ながら私の心はどんどんと重さを増していった。
T「助手席乗ってもいいよ。」
初めて乗るTの車。すっかりTの空間として馴染んでいるその空間の中で私はカンペキなお客さんだった。
ア「なんで車買ったの?」
T「あの海に車で行きたかったの。」
それはTが大好きな海。私とTの思い出の場所だった。
『もう行ったの?』その言葉の代わりの言葉はどうしても見つからなかった。
ア「・・・・」
T「もう行くね。」
ア「・・・・・」
T「じゃあ・・・・」
ア「もう少し乗っててもいい?」
Tは「ちょっとだけね」と言いながらゆっくりと車を動かした。
車の窓に映る景色はどれも同じように見えた。
ア「このままTの家までドライブしようよ。電車で帰るから。」
T「それはできない。」
しばらくしてマンションの前に車が止まった。
ア「ありがとう。」
すっかり重くなった空気を一掃するようにつとめて元気な声を上げ、ドアを開けようとしたとき、ほんの少し開いていたダッシュボードからカセットテープが落ちてきた。車検証と一緒に落ちてきた白いラベルに手書きの文字が書かれた黒いカセット。存在を示すように、私を否定するように私の足下にそれは落ちた。
“○子とKのドライブミュージック・セレクション”
この車がなぜ私をカンペキなお客さんのような気分にさせたのか、その答えを私は知ってしまった。