Tは玄関でいつまでも私の背中から手を離さなかった。
「今更なんだよ!」
「会いたかった!」
「なにかあったの?!」
「やっぱりTしかいない!」
「これ以上私に構うな!」
言いたい言葉は山ほどあるのに、口に出せる言葉が見当たらない。私は腕をダランと伸ばしたまま、黙って突っ立っているしかなかった。
T「アンティル私...」
どの位の時間が経ったときだろう。Tが私の顔をうかがうよう顔を上げた。
ア「何?」
平静を装う精一杯の一言だった。
久しぶりに会ったTは髪型も化粧も服装も変わっていた。私もあの時のまま変わっていないと思われるのがしゃくで、覚えたての煙草に火をつけた。
ア「コーヒーでいい?」
T「うん。」
目がチカチカするのを我慢してくわえ煙草で私はコーヒーを入れた。
T「私ね。新しい友達がいっぱいできたの。アンティルに話したいことがたくさんあるの。この前なんか、アンティルが好きな自動販売機が3つも並んでいる所みつけて、すぐ電話したかったの」
“自動販売機”。思わずその言葉に反応しそうになって慌てて言葉を飲み込んだ。
T「はい。砂糖ないけど。」
私はありあまるほど持っているスティクシュガーをないものにした。クールな大人はブラックコーヒー。私にできることはみえみえの背伸びとTと目を合わさないことだけだった。
T「それでねA子がね・・・すごい面白い子なの。あとC子も・・・・」
苦くて飲めないコーヒーがカップの中でくるくる回っている。
T「それでね。アンティル。ねぇアンティル。」
ア「聞いてるよ。楽しそうだね。」
そう言いながらTの目を見てしまった瞬間、Tは私に抱きついてきた。その手を拒むことはもうできなかった。遠くで鳴り続けるサイレンがどんどん私の耳から遠ざかっていく。私はTの声と自分の声しかしない世界へと押し出されていった。
T「私ね。アンティルがいなきゃ駄目なの。」
答えちゃいけない答えに私は答えてしまった。私はTの首もとに自分の顔を埋めた。
ア「でも、Kとはどうなってる・・・・」
私の背中に回したTの指がその答えを何より物語っていた。
私の部屋にまたサイレンが鳴り響いた。