Wの母親の葬式が終わりWの家にも日常が帰ってきたある夜、久しぶりに自分の家に戻った。何週間ぶりだろう。一人暮らしを始めてからほとんどWの家に転がり込んでいた私を待っていたかのように暗い部屋の中で何かが点滅している。
“用件25件”
チカチカと点滅する光が部屋中に赤い影を映し出す。私はボタンを押してぐったりとしたカラダをベットに投げ出した。
「アンティル!学校にそろそろ来ないとやばいよ~待ってるね」
「○○新聞です。今月の購読料を集金したいのですがお戻りになられたら連絡をいただけますでしょうか」
「お母さんだけど、ちゃんと食べてるの?たまには連絡ちょうだいね。」
私は真っ暗い部屋の天井をぼんやりと眺めながら留守番電話を聞いていた。
メッセージが吹き込まれた日時を知らせる機械ボイスが、いかに長い間留守をしていたかを教えてくれる。
「アンティル久しぶり元気?たまには連絡してね。私は昨日、初めて給料をもらったよ。」・・・・・・・・
留守番電話を聞きながらウトウトとし始めた時、留守番電話の中から懐かしい声が流れ出した。
「わたしだけど。いないの・・・じゃあ(ガチャ)」
私は飛び起きてもう一度テープを巻き戻す。
「わたしだけど。いないの・・・じゃあ(ガチャ)」
『Tだ!この声は間違いなくTだ!』
録音されたのは2週間前。公衆電話からかけているような音がする。
「わたしだけど。・・・本当にいないの?・・・アンティル?・・・・(ガチャ)」
Tからのメッセージは3日続けて届いていた。
『何があったというんだ!』
トゥルルルル トゥルルルル
「お久しぶりです。アンティルですけどTはいますか?」
私だと知って不機嫌な声になったTの母親がTを呼んでいるのが聞こえる。
タッタッタッタッ 走って電話口に向う音がする。
「もしもしアンティル?!久しぶり。(小声になって)あと30分くらいしたら公衆電話からかけ直すから家にいてね。(普通の声に戻って)そうなんだ。わかった。またね。ガチャ」
聞き耳を立てるお母さんを気にしてか、Tはわざとらしい芝居のような声を上げ早々に電話を切った。
『今更何の用があるっていうんだ?!!!』
一言も会話を交わせなかった私の心の中に怒りとも、驚きとも、戸惑いとも、よろこびとも言えない激しい感情がカラダの底から突き上ってくる。
『ようやくお酒を飲まなくても眠ることができるようになったのに!!!』
数ヶ月を経てやっとTのいない日々に慣れてきた私をTの電話が一瞬にしてもとの私に戻す。部屋を出られない私。電話線を切れない私。電話なんていらないと言えなかった私。そして私はTの電話を待っていた。