葬儀も終わり静まりかえったWの家に私とWはいた。夜11時をまわっても父親と弟は帰ってこない。それは一つのことをのぞけば日常の姿だった。父親の帰宅を待つW。Wは父親が帰ってこないことに動揺していた。
W「もしかしてお父さんは今日もIさんと会っているんじゃないかしら」
父親が今付き合っているという母親の元恋人Iさんと葬儀の後に会っているかもしれないという想像はWをひどく悲しませていた。
W「お母さんがかわいそう・・・・」
Wは泣いていた。
夜1時をまわった頃、Wの父親が帰ってきた。珍しくニタニタと真っ赤に酔った顔で水を飲む父親にWが背後から激しく言葉を浴びせた。
W「お父さんどこ行ってたの?!葬式の夜くらいお母さんのそばにいてあげればいいじゃない!」
父「叔父さんと飲んでたんだよ。」
W「本当に叔父さんなの?!!」
父「そうだよ。久しぶりにあったんで駅前で飲んでて遅くなってしまったよ。もう眠るよ。」
大きな背中を丸めながら部屋に入ろうとする父親をWが遮った。
W「ちょっと待ってよ。私知ってるんだからね。Iさんのこと!お父さん、付き合っているんでしょう。」
父「・・・・・誰がそんなこと言ったんだ。Fか?!」
優しい口調の中で“F”と呼び捨てる声だけが耳に残った。
W「お母さんから聞いたのよ!何でお母さんの恋人を取ったのよ。お母さん最期までIさんとお父さんのこと思いつめていたんだからね!!なんでそんなことしたのよ?!!」
父「お母さんが全部話したのか?いつおまえに話したんだ?!」
W「聞いたわよ。お母さんがオンナの人を好きだってことからIさんとお父さんのことまで。お母さんはお父さんとIさんの様子を知らせてくれって私に頼んでいたんだから。それだけ苦しんでいたのよ。お父さんがIさんと付き合わなければもっと長く生きられたかもしれないのに!」
Wの言葉に父親が顔色を変える。それは表情のないお面が命を吹き込まれる瞬間のようだった。
父「おまえはお母さんのこと何も知らないんだ。」
W「知らないって何よ!お父さんだって最低じゃない!!この家から出ていって!」
父「お母さんがどんなことしていたかって知らないくせにそんな言い方するな!」
W「知ってるわよ。オンナの人が好きってこと以上のことがあるって言うの?!!でもお母さんよりお父さんのほうが最悪よ!」
父「お母さんはな、この団地中の人とセックスしてたんだ。Fとも付き合ってたんだぞ。そんな妻を持った俺の気持ちがわかるか?!」
父親の告白にWは口をつぐんだ。
父「おまえには黙っているつもりだった。何でお母さんはおまえに話したんだ。・・・」
父親の落ち込みぶりからそのことが嘘でないことがわかった。父親の話によるとWの母親はIさんより前にFさんと付き合っていたという。そして葬式を支えた母親の友人達のほとんどが関係のあった人達だったというのだ。浮気をしていたのはお母さんで、自分はIさんと何でもない。そう言い続ける父親にWは涙でグシャグシャなった顔にさらに苦悶を浮かべながら声を絞り出した。
W「じゃあ何でお母さんはお父さんと結婚したの。オンナの人が好きなら結婚なんてしなければいいじゃない。なんで・・・・」
父「お母さんは子供がほしかったんだ。」
憔悴しきった娘と父親の向こうで遺影に手向けられた線香の煙が天井へ向って細く長く伸びていった。それはまるで団地に帰ってきたお母さんの魂のようだった。