まだ手に残るネバネバな感触。あれを触ってから1時間も経つというのにまだあの感覚が拭えない。なんという日だろう。今日はアリエナイDAYだ。
クリーニングに出したばかりのとっておきのシャツと昨日買った新しいズボンを履いてでかけたらどしゃぶりの雨が降ってきた。給料日前のわずかなお金をつぎ込んで美味しいと有名な超高級タイレストランに入ってまずサラダを頼み、ミニカップに入った緑色のタレをザブザブとかけて食べたら激辛香辛料でその後出てきた料理の味が何だかわからなくなってしまった。腰が痛いと病院に行ったら受付の人に17歳くらいの高校生だと間違えられ、「保健証の世帯主の名前は?」という質問に「私だと」と答えてもなかなか信じもらえなかった。あーアリエナイ DAY!
アリエナイといって思い出すのが、最近のクレーマーバッシングだ。“驚愕のクレーマー~店主が出会った悪質クレーマー”なんて番組があちらこちらで流れている。先日観た弁護士もののドラマではクレーマーが殺されていた。このドラマはクレーマーの標的になっていたブティックの店長にかけられた容疑を晴らす冤罪物語だった。これはいったいどんな風潮なのだろうか。
私はよく店員とケンカになる。電話でだってケンカをする。名乗らなくても私の名前を全員が知っている店が数軒ある。よく行く病院では電話をする「もしもし」と言っただけで「あっアンティルさんですね。」と返ってくる。そう、世間は私をクレーマーと呼ぶ。
先月、クリーニング屋に出していたズボンが破れた。太ももの所に約4センチに渡りコの字型に切られていたのだ。その事実を知る前、私のもとにクリーニング屋から電話がかかってきた。
ク「あのお店に来てほしいんですけど。」
ア「あっ! すみません。もう出来上がっているんですよね。取りに行っていなくてすみません。」
ク「いや、そのことじゃなくてお話があるんです。ちょっと来てくれないですか?」
歯切れの悪い電話に業をにやしてすぐさまクリーニング屋に向かった私を待っていたのは無惨に破れたお気に入りのズボンだった。
ア(怒りを押し殺し淡々と話そうと努めながら)「これどういうことですか?どうしてこんな風になってしまったんですか?弁償してください。」
ク「すみません。しかし工場では身に覚えがないと言っていまして、誰がやったのかわからないので弁償はできかねます。」
ア「はっあ!ってことは私がもともと穴の空いたズボンを出したっていうんですか?」
ク「すみません。お客様、この穴に見覚えはありませんか?」
ア「どこの世界にこんなに穴のあいたズボンをクリーニングに出す人がいるんですか?!!」
ク「すみません。でも私どもの工場の誰もが知らないと言っているので、工場で起こったことではないと思われます。」
ア「こんなにきちんと45度にコの字を作って切れているんですよ!どう見たって機械でやった跡じゃないですか?!!こんな厚い生地、破けて広がったとしたらこんなキレイな切り口にはならないでしょう!!」
ク「すみません。でもうちのものはやっていないんで・・・」
ア「責任者だしてください!!!」
ク「責任者は他の店舗にいるので電話いたします。・・・またのご来店お待ちしております。」
私の怒りは店内に轟き客の視線が私へと注がれているのを感じた。結局、弁償してもらうことになった私は2日後、他の衣類を取りに再びその店を訪れた。カウンターにいたのはまたあの店員だった。
ク「いらっしゃいませ。」
ア「あの他のズボン取りに来たんだけど。」
ク「はい、これですね。あと前回、一点分レジを打っていなくて、その分この前のズボン代の返金分にあてさせてもらいます。」
あまりにひどい対応に言葉も出ず、二度とこの店に関わらないと決めてあとにした。
ク「またのご来店お待ちしています。」
私はプンプンと怒りながら自宅に戻った。
1週間後、戻ってきたクリーニングの中からインナーを取り出そうとした時、ある異変に気が付いた。2枚重ねになって1組だったインナーが2枚でなくただの1枚のインナーになっている。私はメラメラと怒りに震えあのクリーニング屋に向かった。ANGRY ROAD。
ア「これ2枚重ねになっていたんだけど1枚しかないじゃない。どうなってんの?!」
ク「えっ、知りません。2枚重ねになっていたんですか?」
ア「あなた、服の特徴をレジに打ち込んでいましたよね、確認してください。」
ク「いえ確認しましたが、2枚重ねとは書いてありませんので、そういうものは預かっておりません。レジにはただのインナーとなっておりますので。」
ア「じゃあ私が嘘をついているっていうんですか!あなたとこの服が2枚重ねになっているんだって話しましたよね。自分を疑ってここに来る前にクローゼットを確認したけど、やっぱり戻ってきたクリーニングの中にはなかったですよ。私だってまず自分の目を疑ったんですから、あなたも少しは自分を疑ったらどうですか! もう1枚のインナーはグレーで○○というタグがついているはずです。工場に電話してくださいよ。」
ク「じゃあ工場に聞いてみます。・・・・そんな服は無かったと言っています。」
ア「これってこの前と同じじゃないですか!電話代わってください。私が話します」
ア「あの、これこれこういう服ですよ。本当にないんですか?」
工場長「なかったですよ。」
ア「まだものの5分も探していないじゃないですか!ちゃんと探してください。それからあらためて連絡下さい。」
工場長「いや確認済みなんですよ。それにそういう服をまとめてあるところにないんだから、ここには絶対にありません。」
ア「いやもう1回探してください。グレーで少し変わった生地でタグに○○って書いてあって!・・・」
工場長「いえ!そういう服はいっさいありません。」
ア「ちゃんと探してくださいよ!あなたじゃ話になりません。この前の責任者を出して下さい!!!」
またしても私の怒号は店内に響き渡り人々の注目が私に集まっていた。
折り返しかかってきた責任者の声は低姿勢だった。前回とうって変わって、警戒心たっぷりの声だった。
責任者「みんなに聞きましたが無いんですよ。お間違えになっているってことはありませんか」
責任者の頭の中で私の名前を刻む音が聞こえた。“アンティル・たかり悪質クレーマー要注意!”私は悔しくて涙が流れそうになった。
翌日、責任者から電話がかかってきた。もう怒ることもできないほど憔悴していた私に責任者は淡々と話しかけていた。
責任者「服ありました。すみませんでした。」
ア「じゃあ自宅まで届けてください。」
責任者「それはできません。」
ア「じゃあ、送ってください。」
責任者「申し訳ございませんが、引き取りにいらしていただけないでしょうか?」
私は反論する力もなく、三度、店を訪れた。
ク「いらっしゃいませ。」
ア「あったんでしょう。」
ク「はい、これですよね。」
ア「・・・・・・」
ク「ありがとうございました。またのお越しを!」
そこから自宅までどうやって帰ってきたのか覚えていないほど、私は疲れきってしまった。
新たなクリーニング屋を探しが始まった。自転車を転がし良さそうなお店をチェックした。店舗と工場が一緒になっているか?整理整頓がなされているか?店員の対応は良さそうか?ようやく隣町で良さそうなお店を見つけクリーニング屋の門をくぐった。そして、“クレーマー”とはほど遠い、人一倍礼儀正しい態度で店員に声をかけた。今度は1枚1枚チェックを入れて、切れていないか、2枚重ねになっていないか確かめながら服を渡す。無事終了!
『良い店でよかった・・・』
心の中でそう呟きながらお店を出ようとした時、カウンターに注意書きがあることに気が付いた。
“このようなお客様は入店をお断りします。
① 店内で他のお客様にご迷惑をおかけするような大きな声を出される方
② 当店の信用を損ねるような苦情を店内で言う方
ニコニコクリーニング”
私はまたしてもクリーニング難民となった。もうどこにも行くところがなくなった。私は好きでクレーマーになったわけじゃない。しかし言わずにはいられないことだってある。あーあ、私に安住の地はあるのだろうか。
アリエナイ DAY!そして今日最後のアリエナイ出来事はお風呂での出来事だった。バスソルトとローズの香りのオイルを入れたお風呂でゆっくりとくつろいでいるとお腹の横にニュルとした感触が!私の前に風呂に入った同居人が新しいバスジェルでも入れたのかと、幸せ気分を高めていると今度は足のあたりにニュルとしたのが・・・・どんなジェルかとすくってみると・・・!!!!!
鼻水だったのである。THE ARIENAI WORLD。