私はアンティル Vol.114 イチゴ事件その40 Wの母のお葬式
2008.04.17
(今までのあらすじ:高校を卒業し、大好きだったTとぎくしゃくしている時、Wという同級生と私は急接近していた。Wは、私に重大な秘密をうちあける。それはWの母親が、女を愛する女であった、ということだ。しかしその母は、重い病気で亡くなってしまう。残されたW。そして、私。Fさんという、Wの母親と何か関係があったらしい・・・新たな登場人物)
まもなく通夜という頃になってようやくその部屋は一人の家族を亡くしたという空気を漂わせた。デパートの袋をガサガサとあけ、普段着と同じように鏡でチェックするWの横で「ワイシャツはこれでいいかな?」「靴磨かなきゃ」「お茶はあったっけ」と皆が慌しく動いていた日中の部屋には笑い声さえあがっていた。しかし外がうっすらと暗くなったころには、通夜を迎える家族らしい顔だちになっていた。それは決して笑わず、しかし忙しさのあまり妙に活気のある顔だちだ。私はWの家族の横でその姿をながめていた。
通夜にはたくさんの弔問客が訪れた。それはWの母親が団地の中心的な存在だったことを証明するような風景だった。読経が鳴り響く団地の道に黒い列ができる。Wの父親の関係者はほんの少し、列を作っていたのはWの母親と同じくらいの世代の女達だった。その光景を見た時、私はWの母親の人生に触れ合った気がした。数回しかあったことがないWの母親と私。病室以外で会ったことがなかったWの母親に、この時私は初めて出会ったのだ。
通夜が終わりようやく部屋に帰ってきた私とWのもとにFさんが現われた。あれこれと仕切っていたFさんの来訪は通夜の終わりを告げる合図でもあった。Wの父親も弟もいなくなった静かな部屋で、Fさんは明日の葬儀の説明をしていた。
F「・・・・ということで明日は10時に始まるからね。葬儀のあとは火葬場に行って、それから会食があるから。」
明日の予定を説明し終えたFさんは、Wの母親の遺影をほんの少し長くみつめ焼香をはじめた。その後ろ姿はWの母親との生前の関係を
物語るように温かく深いもののように思えた。
その姿を見ていたWが大きく泣き崩れた。そしてFさんもWの手を取り、大きな粒を畳に落とした。
W「母はは幸せだったんでしょうか。Iさんとお父さんはあんなことになっちゃったのに。悔しかったんじゃないですか。心残りだったんじゃないですか。」
F「その話しならこっちで話そう。」
せききったように話し始めたWを止めるようにFさんはWの手を握った。それは私の存在を気にしてのことだった。
W「アンティルは全部知っているからいいの。Fさんお母さんは最後苦しそうに死んだの。全然安らかなんかじゃなくて苦しそうにお父さんもいる病室で死んでいったの。・・・・」
泣き声と悲痛な問いが響く白と黒の世界を私はただ見つめていた。
Wの問いに逃げることなく向き合うFさんの姿を見て私の頭に一つの文字が浮かんだ。
“同士”
Fさんの涙はそれ自体がWの問いへの答えのようだった。でもなぜ私の頭に“同士”という文字が浮んだのか。その答えを次の夜私は知ることになる。FさんとWの母との関係。その事実はWと私を驚かせるものだった。