通夜をひかえた日の昼、私とWはその街で一番大きなデパートにいた。ポカポカとした日射しを背中に受けて人々が上階を目指しエスカレーターを上っていく。展示場に行く人、服を買いにきた人、ご飯を食べにきた人・・・。
平日だというのに2階を飛び越え3階まで続くエスカレーターにはぎっしりと人が並んでいる。ガラス窓に反射してキラキラと光る光の屑が人々の背中に降り注ぐのが綺麗で私はボーっとその風景に身をあずけたくなる衝動にかられる。夢の世界かと見紛うありふれた風景の中。私とWだけが異次元の世界へと続くエスカレーターに乗っているようなそんな不思議な日だった。
喪服売り場。18歳そこそこの私達にとってその売り場はあまりに縁のない場所だった。
婦人服売り場の一角に設けられたコーナーには、真っ黒い服を着たマネキンだけが並んでいる。
W「どれがいいかなぁ」
ハンカチでも選ぶようにWが私に意見を求める。
ア「どれも同じなんじゃない」
ウィンドショッピングをしているかのように私は答えた。
そんな私達を不思議に思ったマネキンのような店員が、声をかけてきた。
店員「あの~どんなものをお探しですか?」
W「初めての喪服なんでわかんないんですけど。どれがいいんでしょうか?」
店員「若い人にはこれなんか人気ですよ。」
『喪服に若いとか若くないとか、あるんだぁ』
心の中で私は妙に感心してしまう。
W「じゃあコレお願いします。あとどんなものが必要なんですかね。」
店員「失礼ですがどなたの葬儀ですか。」
W「あ、母のです。」
顔をこわばらせる店員と、世間話でもするように軽く答えるWの姿があまりに違いすぎて、喪服売り場という世界が、一瞬歪んだように見えた。
店員「じゃあこれなんかどうでしょう。」
差し出された喪服は、丸みを帯びた襟のワンピースだった。
W「アンティルはどうするの? 喪服」
『そうか私も喪服が必要なんだっけ』
大きな紙袋を持ったWに言われて初めて私は何を着ていくか考えた。Wと同じように婦人服の喪服を着るなんてありえない。かといって背広に黒ネクタイなんてあまりにカミングアウトしすぎな感じで抵抗がある。
『もし高校生だったらセーラー服で済んだのに。』
高校の卒業式より、大学の入学式より、この時私はもう自分が高校生ではないということを実感して動揺した。
ア「こうやって男女のふるいにかけられていくんだなぁ」
高校を卒業する時に感じた一番の不安が、現実となって選択を迫る。着るものも選択。入学式に続いて喪服が私に生き方を迫ってくるのを感じていた。
ア「黒いシャツ買っていくよ。」
私は黒いズボンに黒いシャツそしてメンズかレディースかわからないような細身のジャケットを買ってデパートを後にした。暖かな日差しが、両手いっぱいに袋を抱えた私とWのカラダを抜けるように道端を照らす。やっぱり私達だけがこの世界にいないような気になる。
W「今日はほんといい天気だね。」
ア「そうだね。」