車じゃなくても、自転車でも飲酒運転は駄目だそうです。交通法で、三年以下の懲役、又は、五十万円以下の罰金だそうです。あとは傘をさしての片手運転が駄目なことも聞いております。
毎日の通勤で自転車をこぎ続けて十数年、私は毎日のように罪を・・。
ある日、仕事帰りに軽く飲んで帰宅する途中、私の乗った自転車は女性の自転車の後輪に真横からぶつかりました。
こちらは坂を上ったばかり、あちらは信号が青になって渡り始めたばかりだったので、お互いに速度は遅かったように思います。そのおかげで派手な転倒はまぬがれました。
ぶつかった瞬間、私はブレーキを踏み、女性は自転車を飛び降りて自転車が倒れるのを踏ん張ってこらえました。横断歩道の途中であったため、彼女はそのまま自転車を引いて渡ろうとします。
「大丈夫ですか」と、その姿に声をかけると、
「大丈夫じゃありません」と、はっきりとした答えが返ってきました。
見ると、その後輪は回っていません。タイヤとともに全体が歪んでしまっています。
そこは四辻の交差点で、それぞれの横断歩道の信号が一気に青に変わる場所です。ストライプを渡ろうとした女性より、車道からストライプを横切ろうとした私の方が悪い。飲んでいたのも悪い。ぶつけて壊した私が悪い。
いっしょに横断歩道を渡ったところで、「弁償します」と私は頭を下げました。
時間は深夜の一時をまわっています。人通りもありません。なぜか、怖がらせてはいけないと思い込んでしまって、「アタシ弁償します」と、「アタシ」をつけてもう一度言い直し、「すみません、ほんとに、どうしましょう、今ここで多少なりともお支払いしておいた方がよろしいかしら・・」と、あたふたとオネエ言葉を使っていました。
余計気味がわるかったかもしれません。
すると彼女はとてもクールに、「いえ、後日修理に出してから請求しますので、連絡先を教えてください」と携帯電話を取り出しました。番号を交換しながら、彼女が怪我をした様子はないこと、彼女の自宅がここから近いことと、加えて自転車屋も近くにあることを聞いた私は少し安心して、「では、後日・・」と、再度謝ってその場を後にしました。
一週間後連絡が入り、私の休日の午後一時に、事故現場で落ち合うことを約束しました。彼女は二時から仕事だと言いました。こちらが悪いのに都合を合わせてもらいました。
約束の日の前夜、私はゲイバーをハシゴしてずいぶん酔っ払ってしまいました。
その夜は自転車で帰ろうとしても乗るとふらついてコケてしまうので、自転車を引きながら歩いて帰りました。それでも思うように自転車を操れずまたコケた記憶があります。警官が二人、背後から私を呼び止めたことを覚えています。
「ずいぶん酔ってるねー、家はどこなの、ちょっと防犯登録を調べさせて」
というようなことを言われたと思います。素直に私は名乗り警官の無線機から自分の名前が流れてくるのをぼんやり聞いていました。
この帰り道で、私は過去なんども呼び止められ防犯登録の確認をされています。
帰る時間帯は深夜が多く、飲酒や無灯火、あと、何をしているかわからない人に見える、といったあたりが原因かと思われます。
一度、あまりに日々連続的にされるので、自転車をこぐのをやめず自転車に乗った警官と走りながら押し問答をしたことがありました。
「もう何回も止められて確認させられているのよ、もう、うんざり。私がなぜあなたの要望に答えなければならないのか、納得のいく説明を聞かせてちょうだい。それを聞いて私が納得するまで私は自転車を止めるつもりはないから」
酔っていて無駄に舌が回る夜でした。若い警官(当然のように男子)は私を追いかけながら、「ちょっと調べるだけですから、頼みますよ、止まってくれないともっと面倒なことになりますよ」と脅しにかかります。さらに頭に血が上った私は、「あのね」と振り返って驚愕しました。いつのまにか自転車警官が増えています。あと二人追いかけてきていました。いつのまにか私は三人の警官を従えていたのです。
怒りより怖くなってしまって、私は余計にスピードを上げました。
すると、ほどなく見えてきた先の交番から年配の警官が躍り出てきて私の行く手を防ごうと両腕を広げました。さらにその交番から若い警官がひとり走り出てきます。
前に二人、後ろに三人・・どれだけ私は犯罪者なのか。
観念して、というより、物理的に止まらざるをえなくなって私はブレーキをかけると、五人の警官に向かって、というより、夜空に向かって自分の名前を叫びました。
「いいかげん、覚えてちょうだい!」
そのあと妙に白けた沈黙の中で防犯登録の確認が終わり、パラパラと警官たちが散っていきました。そしてそれからは、帰り道に警官に呼び止められることがなくなりました。過剰なオカマがひとり、本名と顔を覚えられてしまった事件でした。
飲酒運転をしていたのに逮捕されなかったのは幸いなことです。
弁償金を払う約束の日、目覚めると待ち合わせの五分前でした。私はコートを着たままの格好で布団の上部に突っ伏して寝ていたようです。膝が痛くてジーンズをまくると派手にすりむいていました。遅れるとひとこと電話しなくちゃ、と携帯電話を探しましたが出てきません。あわててそのまま家を出て自転車に乗って現場に向かいました。待ち合わせの時間から十分を過ぎて着きました。
彼女はもうそこにはいませんでした。
一日かけて携帯電話を探しましたが出てきませんでした。
翌日新しい携帯電話に変えましたが、そこにはもう彼女の番号は入っていません。
彼女からの電話はそれきりありません。
私はいっそ逮捕されたほうがいいような気がしました。