あの頃の記憶は日に日に私の脳裏の中で薄れている。オンナが好きだという母親のカミングアウトを受けたW と、そんな娘に去っていった恋人Iさんへの想いを託す母親。そして母親からIさんを奪ったWの父親。一つの家族の物語は今思い出すと、自分が体験したことではなく、小説の中の話ではないかと己を疑うほど衝撃的な物語だ。しかしこのコラムを書いていて思うことがある。それはその物語を淡々と見ていられた自分がいかにショックに鈍感になっていたかということだ。何を聞いても驚かない、はじめて“オンナが好きなオンナ”に会っても共感を覚えることもない、あの頃の私は一番近い所である家族の物語をただ毎日見つめていた傍観者に過ぎなかったのだろうか。
忘れかけている記憶の中で、Wの母親の姿だけが頭のなかで爛々と浮かび上がってくる。20年前に生きていた“オンナが好きだったあるオンナ”の物語。私は今、あの家族のそばにいた意味をぼんやりと考えている。
Wの母「Iさんに会いたいの!ここに連れてきて!!」
母親とその別れた不倫相手を会わせるために、Wは母親の親友でもあり幼い頃から親しかったFさんに相談に行くことになった。
W「アンティルも一緒に来てくれる?」
私とWはWと同じ団地に住むFさんに会いに行った。
W「あの、FさんはIさんと母親のことは知っていますよね。」
F「えっ!・・・・・」
W「・・・・・・・・」
F「そう、お母さんから聞いたの。」
W「はい。で、母がどうしてもIさんに会いたいと言っているんです。」
F「・・・」
W「FさんからIさんに行っていただけないでしょうか?」
F「・・・・」
W「お願いします。母の余命宣告のことは知っていますよね。お願いします。」
F「・・・・わかったわ。私が言ったら逆効果かもしれないけど、手をうってみるわ」
その時、なぜFさんが逆効果と言ったのか。その答えを私とWは数ヵ月後にわかることなる。
全てを打ち明けて数週間後、Wの母親の様態が急変した。
病院「Wさんですね。お母さんの様態が悪化しました。至急病院に来てください。」
その日を境に、個室に移され話す事も難しくなるほど体調が悪くなっていった。
しかし、その目がまだまだ死ぬことができないとい意志を放っているようだった。酸素マスクをしながらも、Iさんへの想いをWに伝えるWの母親の目は、痩せ細ったカラダとは対照的に生気をおびていていた。そんなある日、Iさんが病室に現われた。おぼろげな記憶の中では、見舞い客が減りはじめる夜の出来事だったと思う。待ちに待ったIさんとの再会。花を持ってやってきたIさんと母親は2人だけでついに再会を果たした。そしてその数週間後、Wの母親は息をひきとった。