私はアンティル Vol.110 イチゴ事件その36 アンティルがみた、Wの世界
2008.03.12
自分の母親が“オンナが好き”だという真実、そして母親の恋人がよく知る隣人だという真実、そして母親から恋人を奪った男が自分の父親だという真実。
母親が受けた余命宣告をきっかけにWは3つの真実を知った。その真実は、残された時間を母親とどう生きるか考えていたWを直撃した。
それでもその頃のWは寝たきりになった母親を責めることはなかった。母親が“オンナ好き”であるということの戸惑いは、私との出会いで日に日に薄れていったのか、むしろ良き理解として母親の話を聞いていた。
“寝たきりになった母親を見舞いに行くたび、Wは母親から父親の様子を聞かれていた。それはIさんと父親との関係がどうなっているのかを知るためだった。Wの父親はいつも朝帰りだった。マージャン帰りでタバコの匂いを全身にまとって帰ってくる日もあれば、安っぽい石けんの臭いプンプンさせて帰ってくる日もある。そんな毎日をWは母親に伝えていた。Wは真実を知った日から母親に代わってIさんとの関係を探る探偵になったのだ。
ある夜、父親の机からIさんからの手紙が見つかった。そこには2人が一緒に旅行に出掛けた事実と2人の関係が記されていた。Wはそのことを母親に知らせた。WとWの母親。私にはその2人は同じ闘いに挑む上官と部下に映った。
Wの母親はWによく涙を見せた。その涙はIさんに会いたいという涙だ。Wはそんな母親の気持ちを叶えてあげようと、母親の友人に声をかけた。それがのちにWにさらなる衝撃を与えるFさんだった。
Wの母親はその団地を仕切る親分のような存在だったらしい。団地の中心メンバーであった10人ほどのグループの頂点にWの母親は君臨していた。病院にはいつもそのメンバーが見舞いに来ていた。Fさんはその中でも特に仲がいい友人だった。大柄の美人で明るい性格なFさんは、私にも気軽に声をかけ、必ずこう言った。
「Wちゃんのこと頼むはね。」
それはまるでWの母親のようだった。
IさんはFさんとは対称的に小柄でどこか影を背負った人だった。Iさんを私は団地の階段で見かけることが多かったが、無機質な団地のコンクリートの中であってもその妙な色気は人目をひいていた。Wの母親率いるグループに入っていなかったIさんとFさんは、特に深い付き合いはなかった。しかしWは誰にでも好かれる明るいFさんに「Iさんに見舞いに行ってほしい」と頼んでもらうことにした。FさんはWの母親の真実を知っていたのだ。
“オンナが好きな自分”として最期を生きる決意をしたWの母親。最愛の恋人、Iさんへの渇望を隠すことなく娘に伝えるWの母親は、Wを新たな真実へと導いていった。