筆記試験を終え、無事免許を取った私は、徹夜の勉強でつくった大きなクマを目の下に作りながら、Tに合格を報告するために公衆電話の列に並んでいた。手にはもらったばかりの真新しい免許。オンナとすぐわかる名前の下で、肩幅50センチほどにもなる肩パット入のジャケットを着た私が、ちょっと怖い顔で写っている。他の人ならたぶんこの写真は大失敗であっただろう。しかし私にとっては大成功と呼べる出来であった。
その顔は人間というより動物園でノイローゼになってしまったクマのようだった。飼われることに慣れないクマ。やせ細ったカラダとは対照的に飼育係を威嚇する目だけが生きている力を示しているクマ。日焼け顔になるファンデーションを3重に塗った私の顔は毛艶のなくなったクマの毛だ。そしていきなり白くなる首はツキノワグマの模様。目だけが爛々と光っている。まさに私の狙い通りの目を背けたくなるような写真なのだ。長時間直視することができない免許の誕生に私は喜んだ。
なぜそんな写真にしたかったのか。
その答えを出したのはこんな想像からだった。
“もしTとのデート中、違反して警察に免許を見せなくてはならない時”
(以下想像)
警「おい!だめじゃないか!!信号無視しちゃ。どれどれ免許をみせなさい。デート中で赤信号が見えなかったのかなぁ。ハハハハハ」
ア「すみませんでした。ハイ、免許です・・・」
警「・・・・岸子??これなんて読むの?」
ア「・・・キシコです。」
警「えっ! あなた女なの??!!!!」
ア「・・・・・」
T「こんな思いをするなら、もう2度とアンティルと一緒にドライブに行かない! 男とドライブに行く!!」
(バタン)車を降りるT。呆然とする私。(想像終了)
『もしもこんなことが起こったら、またTは見知らぬ男とラブホテルに入ってしまうかもしれない!』
その想像は私を悩ませた。しかし名前だけはどうにもならない。マジックで塗りつぶしても捕まってしまうだろう。そこで考えた作戦が、“威嚇作戦”だった。”目を背けたくなるような写真にして、名前のチェックに及ばないほどのインパクトを与える”と、いうのが作戦の全容だ。私は自分の順番になるまで、これまでに会った嫌な人々を想像し、怒りをカラダに集中させた。
係の人「ハイ、次の人」
背中に炎を背負い、撮影用の椅子に座る。
係の人「ここを見てくださいね。」
支持された場所に溢れる怒りのパワーをぶつけ目を見開いた。
パシャ
そして直視できない免許が出来上がった。
「よし!これでOK」
この日からTとのドライブを夢見る日々が始まった。頭に浮かぶのはまだ見ぬTと私の幸せの風景。右手でハンドルを、左手でTの手を握る私。キラキラと笑い声をあげながら海辺をめざす二人。カーステレオからは思い出の曲、ホイットニー・ヒューストンの“グレイテスト・ラブ・オブ・オール”が流れ出す。誰の目もない車中のパラダイス。最後はこれまた誰にも会わずに車ごとホテルにチェックイン。あ~あ、なんて完璧なデート!
そして1週間後、ついに私の夢は叶った。
ドライブ初日。私は水色のレンタカーを借り、水筒とTの好きなお菓子を用意しTの家に向かった。目的地は夜景の綺麗な港町だ。
キャハハハ。キャハッハハ。私達は手をつなぎながら輝く街をドライブした。そして星が輝く人気のまばらな場所に車を止めて、ホイットニー・ヒューストンの歌声に沈黙を重ねた。と、その時だった。フロントガラスに一筋の光が輝いた。
「何してんの?!」
パトロール中の警察だった。あの想像の中の悪夢がよぎる。
警「免許見せて」
私の免許が試される時間だ。
ア「はいこれっ!」
勢いあまって免許が警官めがけて飛んでいった。
警「どれどれ・・・」
その瞬間、警官の顔色が変わった。
ア『よし!成功だ!!』
心の中で両手を上げて喜んでいると、警官が言った。
警「これ何て読むの?」
私の作戦は無惨にも砕け散った。
ア「キシシ(岸子)です!」
私の記憶の隅にあった小野妹子が顔を出す。そう、妹子は男だ。子とついてもオンナとは限らない。子を”シ”と呼んで何が悪い! 鬼気迫る私を横目に、二人の警官は立ち去った。遠くで汽笛が鳴っている。空しい音色が響く中、初めてのドライブは悲しみのドライブとなっていった。